園庭では今日の父の日参観のために、ちょっとした体験コーナーが用意されていた。ボール投げだったり、絵の具で絵を描いたり、習字のだったり。なかでも人気だったのが、トンカチと釘で木の板を組み立てて好きなものを作るコーナーで、お父さんと男の園児が集まっていた。
あぁ、僕もやりたかった。
家じゃ危ないからってやらせて貰えないからな。
でもこんな木屑だらけのところに、お母さんが座るわけがない。
見れば、かずくんと黒目がトンカチに挑戦していた。そばにいるのは男の人、黒目のお父さんだろうか。

「かなたもやりたかった?」

隣にいたお母さんが僕を見ていた。
かずくんたちをじっと見ていたところを見られて、僕は「別に」とそっぽを向いたが、お母さんはスタスタとトンカチコーナーに歩いていってしまった。

「すみません。うちの子も教えてやって下さらないかしら?」

少し高めの声で、黒目のお父さんらしき人にお母さんが笑顔で言ったから驚いた。何してんだよ!僕は慌ててお母さんを追いかけた。
断ろうと思ったのに、優しそうなお父さんは顔を赤くして「一緒にやろうか!」と僕にトンカチを渡してくる。お母さんに笑顔を向けられて赤くならない男の人を見たことがない。
かずくんはポカンとしてそのまま固まり、黒目は黙って少しかずくんの前に出て、自分の背中に隠す素振りをみせた。
そんな黒目にムッとして僕はトンカチを握り、堂々と釘を打ってやった。
どうとでもなれ!

思いのほかうまく打てて、黒目の背中から顔をぴょこりと出したかずくんに「かなたくん、すごぉい」と褒められた。それでってわけじゃないけど、僕はやみくもに木をどんどん重ねて、なんだかわけのわからない奇妙なオブジェを作り上げてしまった。
お母さんは立ったままニコニコと見ていた。

「痛ぁい!」

突然かずくんが声をあげた。どうも釘ではなく、自分の指にトンカチを当ててしまったようだ。
黒目のお父さんが急いでその指を見ようとしてるのに、なんと黒目がそのかずくんの指を自分の口に突っ込んでしまった。
なんだ、なにしてんだ、こいつ!
僕はドン引きして二人を凝視した。

かずくんは別に嫌がるふうでもなく、おとなしくされるがまま鼻をすすっている。
人の指を口に入れる黒目も黒目だが、それをされても平気なかずくんもたいがいだろ。
思わず後ずさったら、お母さんの足に当たった。
見上げたらお母さんの顔も少しばかり青ざめているみたいだ。

「なにしてんだよ、やめろ!」

二人に向かって叫んでしまっていた。
かずくんはビクッとして溜まっていた涙が溢れたが、黒目は完全無視で「まらいたひ?」と指を口に突っ込んだまま言った。かずくんの視線が黒目に戻り、「あんまし」と甘えた声で答えた。
あぁ、いつか感じた膜がある。
二人を包んでいるのか、僕だけが包まれているのかわからない、なにか透明な膜。突き破りたいのになかなか破れないスライムみたいな膜。

僕はたまらず、トンカチを投げ出し背を向けて走り出した。お母さんが呼ぶ声が聞こえた気がするが、振り返らなかった。
手洗い場まで来て手を洗い、頭を冷やそうとした。

「あんたさぁ」

突然声をかけられてびっくりした。
目の前にはあの背の高い女子がいて、僕をじっと見ている。またいじめてると思ってるのか。

「なんだよ、いじめてないからな」

その子は鼻の頭に皺を寄せ、僕に近づきじろじろ見て言った。

「あんた、かずくんのこと好きなの?」

一瞬何を言われたのかわからなかった。
すきってなんだ。なにを言ってるんだこいつは。