幼稚園を変わった理由はよく知らない。
ただ、お母さんがこだわる小学校ジュケンというものに、お父さんは興味ないらしいことは薄々感じている。めずらしくお祖母ちゃんが口出ししないので、お母さんがはりきって僕をお勉強クラスに入れたんだ。
今年に入ってからなにやらお父さんとお母さんが揉めて、結果そのしわ寄せが僕にきたんだろうと勝手に思っている。
別にどっちの幼稚園でも構わないけど。
でも今、僕は大事な計画を実行中なんだ。

あの子を黒目から守る。
だってこのままでは、あの子は黒目なしではなんにもできないんだ。泣いてばっかりの赤ちゃんなんだもの。そして黒目はそれを望んでる気持ち悪いやつなんだから。

あとから考えたら、ヒーロー気分だったのは僕のほうだったのかもしれない。けれど、黒目の目つき、あの子を見る目つきが嫌だったんだ。
なぜ誰も気がつかないんだろう。
僕がなんとかしなくちゃと思い込んでいた。

「お母さん!僕…」
「かなたくんのお母様!よくいらっしゃいました」
「まあ、園長先生」

ボンレスハムみたいにぷくぷくしてる園長先生が、お母さんを捕まえる。向こうの幼稚園の園長でもある先生はお母さんがお気に入りなようだ。
お母さんもニコニコと顔をほころばせ、「園長先生、少しご相談してもよろしいかしら…」と二人で園の中に入っていった。
取り残された僕は、しばらく見送ってから、かずくんの姿を探した。

かずくんはちゃんとさくら組にいた。
ただしお母さんの膝の上に座って、担任の先生のお話を聞いている。
園のパンツを借りて着替えたんだろう、スッキリした顔で足をぷらぷらさせていた。さすがに黒目は星組に戻っているようだ。僕は自分の椅子に座って、かずくんのお母さんを盗み見る。
かずくんのお母さんは、かずくんと同じく色白で、肩のあたりまでの長さの髪の毛をふわふわさせていた。子どもみたいなつるつるのほっぺたをして、驚いたことにお化粧をしていなかった。少なくともそう見える。
それなのにすごくきれいだった。
さっき風のようにふんわりと去っていったせいか、あっさりとした淡い水色のワンピースがそよ風を思わせる。かずくんのお母さんによく似合っていた。


そのとき僕のお母さんが教室に入ってきた。
クラスのみんなもお父さん、お母さんたち全員、お母さんに注目した。
それくらいのこと慣れてるお母さんはニッコリ会釈をして、僕の後ろに立った。
僕は妙にドキドキした。
なんでだろう。お母さんの濃いピンクの口がヤケに派手に見える。着てるスーツも真っ白なのに、花のレースがゴテゴテして見えた。
キレイなのに。
お母さんだけ、さくら組の教室で浮いているような気がした。

そして、実際お母さんは教室にいる他のお父さんお母さんの誰とも話さず、まさに浮いていたのだった。