梅雨入りしていたが父親参観日の当日は気持ちよく晴れていた。たくさんのお父さんお母さんが見に来ていてどこの教室もにぎやかだ。
思った通りお父さんは来れなかったけど、お母さんが来てくれると約束してくれた。僕はなんとなく落ち着かず、何度も門のあたりを確認する。
遅いなぁと俯いたら、フッとざわめきが途切れて一瞬静かになった。顔をあげるとお母さんが門を入ってくるところだった。
大ぶりの花のレースをあしらった真っ白なスーツ姿のお母さんは輝いて見えた。なにかの映画で見たように、歩くその足元から花が咲いてるみたいだ。
周りのみんながお母さんに見とれている。
僕の鼻はもうピノキオだ。
けれど、こういうよそ行き顔のお母さんの時は、走り寄ってその手にぶら下がるような気になれない。僕は近づいてくるお母さんを待った。
そうだ。かずくんはどこだ?
くるりと見回すと、ちょうどこっちに向かって小走りで来るかずくんを見つけた。
「おい!」
かずくんがビクッと立ち止まる。僕はかずくんの腕を掴んでお母さんの前にひっぱってきた。
「あら、お友達?」
お母さんが花が開くような笑みを見せた。口が濃いピンクだからピンクのバラだ。「お名前は?」と聞かれたかずくんはもじもじして返事をしない。
「同じさくら組のかず、なりくん」
仕方がないから紹介する。お母さんは頷いて「かわいいお友達ね」と言った。話してる間もかずくんはお母さんをチラチラ見ながら、やっぱりもじもじしていた。人見知りなんだな。
「今度かなたのお家に遊びにいらっしゃいね」
かずくんは聞いているのかいないのか、不安げに周りをキョロキョロ見ていて、僕はムッとした。
「おい!聞いてんのか」
つい強い口調で言ってしまった。
ぴくんとしたかずくんはみるみる涙目になり、そうしてなんと、足元に水溜まりができちゃったんだ。
僕がたじろぐと同時にかずくんが「わぁん」と泣き出した。
どうしようどうしよう。お母さんの前でなんて事してくれるんだ。僕の頭はパニック状態。
お母さんは「あらまぁ」と言ったきり、そんなかずくんをじっと見ている。
「かずくん!」
黒目の声に僕は一層焦った。
しかし走ってきたのは黒目だけじゃなかった。
淡い水色のワンピースを着た色白な女の人が、かずくんの前にしゃがみこんだ。
「大丈夫よ」
女の人が優しい笑顔でかずくんの頭を撫でた。
すぐにわかった。かずくんのお母さんだ。親子でそっくり、ふわふわした感じのお母さん。
そして黒目と二人であっという間にその場をきれいにすると、かずくんを抱えて去っていった。
僕はしばらくボーゼンと見送っていた。
そうか、オシッコ我慢してたんだ。トイレに行くところを僕が呼び止めてしまったのか。
やめときゃよかった。
お母さんが残念そうに言った。
「あの子、かなたと同じ組ということは、年中さんなのよね」
「いつもってわけじゃないんだ、あの子、今日はきっと緊張して…」
って、なんで僕が言い訳してるんだ。
僕自身がおもらししたわけでもないのに。
自分で自分がわからなくなっていると、お母さんに手をギュッと握られた。
「かなたが前の幼稚園に戻れるようにお母さん頑張るわね。お父さんともう一度話さなくちゃ」
僕はびっくりしてお母さんを見上げた。