キビシクしたせいか、この頃かずくんに警戒されている気がする。目が合っただけでびくびくしてるし、黒目の教室に潜り込んでることも多い。
これは逆効果なのか?
隣り合わせの机に座らなければならない時など、しょぼくれて雨に濡れた子犬みたいだ。
いつもボーッとしていたのに、隣りにいると僕の顔色を伺ってソワソワしてるし。
そういうことじゃないだけどな。
また少しやり方を変えなくちゃならないようだ。

不思議なことに、かずくんは黒目になにも言いつけてないみたいなんだ。僕はいつあいつが文句を言いに来るかと内心身構えているんだが、特になにも言ってこない。
むしろ同じさくら組の背の高い女の子に睨まれてる。あの靴びしょびしょ事件以来、僕がかずくんをいじめてると思い込んでるふうだ。責任感が強いんだろう。おままごとで人気のないお母さん役をたまに引き受けてるだけの事はある。
目つきがお母さんだもんな。黒目とは大違いだ。
黒目のやつはなんか違う。なにがどう違うかうまく言えないけど、すごく嫌な感じがする。
僕はイライラと爪を噛んだ。

今日も今日とて、横でいつもの星型にんじんのやり取り。

「かずくん、あーん」

黒目の歌うような言葉に、まるでツバメのヒナみたいに口を開けるかずくん。ほんとにバカなんじゃないかと心配になる。
僕はさっさとお弁当を片付けて、読みかけの本を乱暴に机に置いた。絵本じゃない、もっと字が多いもので、毎日少しずつ読んでいる。
大きな音をたてたと思うが、隣りの二人は全然気にすることもなく、なにやら楽しそうに笑いあってて、やっぱり気持ち悪い。
うんざりして目をそらしたら、例の女の子と目が合った。なんだよ、いじめてなんかないぞ。

僕は本を片手に、窮屈な教室から園庭へ出た。
そして木陰に座って、今週末にある父親参観日について考えた。

お父さんは忙しいからたぶん来られないだろう。
お母さんが来るんだろうか。前の幼稚園の時は来てくれたけど、なにしろ今や送り迎えさえもねえや任せだし。
僕は手元の本を開いた。
別に来ても来なくてもどっちでもいいけどさ。
ただなんとなく、キレイなお母さんをかずくんに見せたい気がしたんだ。