ちょっとでも甘い顔をすると、かずくんのペースに乗せられてしまう。泣かなかったから結果オーライとはならない。なにしろ僕は黒目と同じことをしてしまったわけで、あいつと同レベルだという腹立たしい結果に終わったんだから。
僕はキビシイ態度で向き合うことにした。
あいつとは違うんだ。
泣いてもなだめないし、すり傷には絆創膏なんて貼らないし、おんぶもしないし、鼻水も拭いてやらないし、頭を撫でるなんて!絶対しない。
って、どんだけやってあげてるんだよ、黒目は。
並べあげただけでも気持ち悪いな。
そもそもあの子はビビり過ぎなんだ。
声をかけただけで、明らかにビクッってなるくらいだもの。ヘタしたらそれだけで泣きかねない。
「おい」
「…ひっ」
ほんとに声をかけただけだぞ。大げさだな。
しかも驚いた拍子に持っていた体操服を落としてしまっている。それも手洗い場のところで。
濡れて汚れがついた体操服を握りしめて、もう泣く1秒前。
「泣くな!」
「ひぃ」
「それくらいなら着られる!」
僕は嫌だけど。僕なら先生に言って園の体操服を借りるところだ。
かずくんもそうしたいのなら自分で先生に言えばいい。でも泣くとうまく言えないから、黒目が来てそう言ってくれるのを待ってるんだろ。
「だから泣くな!」
「………ぅぅ」
「そうやって泣いて黒、いや、あの年長が来…」
僕が黒目のことを口にするや、かずくんの表情が変わった。
「まーくん、困る?」
被せ気味に聞かれる。僕はあいつが来るのを待ってるんだろうと言うつもりだったんだが、かずくんの明らかな変化に言葉を飲みこんだ。
「そ、そう、そうだぞ。困るだろ」
「…うん」
かずくんはスモックの袖で目元をゴシゴシこすった。必死に泣くのを我慢している姿に、僕は見入ってしまった。こういうのなんて言うんだっけ。
けなげ?テレビで言ってた気がする。
思わずその汚れた体操服を奪い取って先生のところに走ってしまいそうになる。
あぶない危ない。
またやってしまうとこだった。
僕はなんとか踏みとどまり、かずくんもギリギリ泣かずにすんだ。
よし。いい感じだ。
僕はそこそこ満足したが、それにしてもあの「黒目が困る」効果に驚く。正直そこは気に入らない。結局あいつに頼ってるみたいですごくイヤだ。
でもとにかくまず泣かないことが大事だし。
しばらくこの戦法でいってみるしかないか。
そうして体操の時間。
かずくんはちゃっかり、自分のではない大きめの体操服を着ていた。その体操服の胸元にはあいつの名前がついている。
そうなんだ。着替えを手伝いにきた黒目が体操服の汚れに気がついて、自分のを着せたからだ。
わざわざ手伝いになんか来んなよ。ウザイな。自分でできなきゃ意味がないんだからさ。
僕が思いっきり不機嫌な顔で見ていたら、かずくんと目が合った。
「泣いてないもん!」
かずくんは耳を赤くして口をとがらせた。
ダボつく体操服のせいか、いつにも増して幼く見える。マジで赤ちゃんかよ。
僕は深いため息をついた。