あの靴びしょびしょ事件(僕が勝手にこう呼んでいる)以来、かずくんが泣くような場面に出くわすと「泣くな!」と声をかけるようにしている。
お祖母ちゃんやお母さんがよく「あなたのためなのよ」とアレコレ注意してくるけど、今ならその気持ちが少しわかる。そうなんだ、これはかずくんが黒目に頼りきりでなぁんにも一人でできない!なんてことにならないようにするためなんだ。
もちろんおもらしした時やケガした時なんかは言ってない。僕だって鬼じゃないし、おもらしに至ってはなにも手だしできないし。
手が当たったとか紙が破れたとか、実にしょーもない事だけ。それでも一日に結構な回数あるから驚いてしまう。
「泣くな!」
今まさに、目の前で泣きそうな場面にぶち当たっていた。今日の製作は父の日にプレゼントするお父さん人形。人形といっても、画用紙に描いたお父さんを切り抜いて割りばしをつけるだけだ。
かずくんはうっかりお父さん人形の腕をハサミで切り落としてしまい、例のごとくコハク色の瞳をうるうるさせている。
「テープでくっつければ済むことだろ」
僕の壊滅的なお父さん人形に比べたら全然大したことない。どう見たってお父さんに見えないんだからな。
かずくんは鼻をすすって僕を上目遣いで見る。
ダメだ、僕は手伝わないぞ。黒目じゃあるまいし、それは自分でやる事だろ。
「パパ、痛そう…」
ええ!予想外の言葉にかずくんを見つめ返した。
痛そうって、紙なのに?そりゃお父さんのカタチはしているかもしれないが、たかが人形じゃないか。
僕は半泣きのかずくんが悲しそうに持っているお父さん人形を見た。ちょうどヒジのあたりでバッツリ切れている腕。
なんだかこっちまでゾワゾワしてきた。
それなら尚更早くくっつけろと言おうとして、ふと思いつく。
「僕のお父さんならそんなケガすぐに治せる」
かずくんはきょとんと小首をかしげている。
「お父さんは外科医なんだ」
「げかい?」
「病院で手術してるお医者さん。お父さんは毎日、ケガとか病気の人を治してる」
かずくんの涙目が大きく見開かれ、キラキラした。
「すごぉい!」
僕がすご腕の外科医なわけでもないのに、そう言われて気分が上がる。かずくんが重ねて「すごいね!カッコイイ!」と褒めてくれ、期待に満ちた目で僕を見るから、僕はすました顔でかずくんのお父さん人形を手に取ると、テープで丁寧に腕をくっつけてあげた。
「かなたくん、じょうず〜」
これくらいお父さんじゃなくても治せる。お父さんはもっとムズカシイ手術ができるんだからな。
かずくんにマシュマロみたいな笑顔で「ありがとぉ」と言われたところで僕は我に返った。
ちょっと待て。
なにをやってるんだ僕は。
なんてこった、これじゃ黒目と同じじゃないか。
自分のバカさ加減に愕然とした。
ダメだだめだ。なんでこうなった!?
やっぱりこの子といると調子が狂う。
僕はガックリ机に突っ伏した。
しかも次に顔をあげた時には、かずくんはもう居ない。キョロキョロ見回したら、二階に駆け上がっていくかずくんの後ろ姿を発見した。
また黒目の教室に潜り込む気だな。
ダメだだめだ、こんなんじゃ。
僕は「かずくん改造計画」を見直すハメになった。