あの女の子が先生に言いつけたのではないかと思うと、クラスに戻るのは気が重かった。
でも先生には怒られなかった。
言いつけなかったのか、かずくんがとりなしてくれたのかはわからない。

かずくんは裸足のまま少しブカつく上靴を履き、黒目の膝の上に座って折り紙を折っていた。
うしろから覆い被さるように抱えるあいつと、時々顔を見合わせて笑い合う。
相変わらず気持ち悪いな。
僕は堂々と二人の前を横切った。だっていじめてなんかいないんだ。逃げ出した自分に腹が立つ。もしドラえもんの道具、タイムマシンがあったら速攻戻って情けない自分を捕まえるのにな。
……なんて。思っているよりずっと、僕はかずくんの影響を受けているようであきれてしまった。

黒目もかずくんもなにも言ってこなかった。
黒目からの刺さる視線は感じたが、かずくんは折り紙に夢中なようで僕に気がついているのかどうかも怪しい。まぁ、いつもの事だが。
二人は紙ヒコーキを作っているらしい。
かずくんがちょっと寄り目になりながら丁寧に折っているところはまるで小動物みたいで、あいつの膝の上に座っていなきゃ、もっと眺めていたいような気がした。
と、かずくんが立ち上がり、黒目の手を引っぱって教室の外へ出ていく。そして二人で紙ヒコーキを飛ばし始めた。

それを見て僕は思い出した。
だいぶ前のことだけど、お父さんが紙ヒコーキを作ってくれたことがあった。
お休みの日にめずらしく家にいて、印刷ミスをした紙で突然折ってくれたんだ。僕はうれしくて、二階の窓からその紙ヒコーキを何度も飛ばしてみた。
先端に重りをつけるといいとか、翼の先っぽを折り曲げてみようとか、お父さんのアドバイスは上手くいったりイマイチだったりしたけど、僕はそのたびに階段を駆け下りて飛んでいった紙ヒコーキを拾いに走った。
最後は庭の池に落ちて終わった。
水に濡れて紙ヒコーキはダメになったからだ。
それを見ていたお母さんが、別の日にラジコンの飛行機を買ってくれたけど、操縦がまだ僕には難しくてうまく飛ばせなかった。

「あ!けっこう飛んだよ!」

かずくんの丸まっこい声が響いた。
園庭に飛んでいった紙ヒコーキを黒目が取りに走り出す。かずくんがその背中を追いかけて、二人で転がるように落ちているヒコーキを取り合っている。
ブカついた上靴が脱げて、かずくんの足が砂だらけになってしまった。
一瞬、さっきみたいに泣くんじゃないかと思った。
でもかずくんは「キャハハ」と高い声で笑い、

「ほらっ」

当たり前のように差し出された黒目の背中に乗っかって、当たり前のようにおんぶされていた。
……泣かないこともあるんだ。さっきの砂だらけと何が違う?痛くないから?それともやっぱりあいつがいるからなのか。
僕はおんぶされているあの子の白くて丸い膝を見つめていた。