あれから何回かかけっこしたが、一度もかずくんを追い抜けなかった。他のやつらは全員ぶっちぎってやったから、僕はさくら組で二番目に足が速いことになる。
さすがに何度も負けるとちょっと悔しい。
当のかずくんは、一番だろうがドベだろうがどうでもいいみたいで、もっぱら足元の地面に落書きしているか、飛んでくる雀を眺めたりしていた。


今日もかずくんはほわほわ全開で、女の子たちのおままごとに付き合わされている。相変わらずにこにこ女の子たちの言いなりで、どうせペットのわんこ役なんだろう。僕なら断然お断りだ。ありがたいことに一度断ったせいか、もう誘われなかった。
黒目はどうしたんだろう。
あいつが誘いにくれば、外でボール遊びとかしているところなのに。

僕は階段を上がった。
二階にある大きい子用の絵本コーナーに用があるふりをして、そっと黒目がいるほし組を伺う。
黒目は机に向かっていて、なにか書いているようだった。そばにいる先生が時々話しかけている。
僕は絵本コーナーのベンチのギリギリ端っこに座って、手に取った絵本の影からのぞき見た。
よくよく黒目を観察する。
手足がやけに長くて、机から足がはみ出していた。やっぱり白目がほとんどなく、真っ黒に見える目をしていて、顔は意外と女の人みたいな優しそうな感じだ。いや、そんなのに騙されてはいけない。

「まさきくんは少し、かずくんの面倒をみすぎじゃない?ほし組みんなでなにかする時くらいは、さくら組さんの先生に任せて大丈夫よ」

おお!いいこと言うじゃないか、先生!
なるほど、あんまりあの子に構いすぎて、黒目のやつ、自分の事ができてないんだな。
そりゃそうだろう。だいたい泣いたくらいで、いちいち飛んでくるなよ。お弁当の時間だって、絶対丸飲みだろ。そうまでしてかずくんの人参食べに来るなんてやっぱりあいつはどうかしてる。
止まらない文句を心の中で唱えていたら、聞き覚えのある泣き声が階段下から響いてきた。

「あ!かずくんが泣いてる!」
「ちょっと、まさきくん!」

黒目が鉛筆を放り出し、大急ぎでこっちに向かってきたから僕は慌てて絵本に隠れた。あいつは僕になど目もくれず、あっという間に階段を駆け下りていってしまった。
先生がやれやれと鉛筆を拾っている。
ほらみろ、先生だって僕と同じ意見じゃないか。
黒目はかまいたいだけなんだ。
あの子の笑顔も泣き顔も自分のものにしたい。
ただそれだけだろ。
あいつはやっぱりオカシイ。
僕は絵本を本棚に押し込んだ。
一階からかずくんの甘えた声が聞こえた気がした。

いつまでもかずくんがあのままだと思うなよ。
僕は「かずくん改造計画」を考え始めた。