案の定、連絡帳にケンカのことを書かれてしまった。隠そうかとも思ったが、あとでバレると余計にやっかいだし、なにより僕のほっぺたには引っ掻き傷が残ってしまっていた。
お母さんは怒らなかった。
悲しそうな顔をして、大きなため息をつかれた。いつもは大騒ぎするのに、今日はどうしたんだ。そんな顔されるくらいなら、怒られたほうがずっとマシだ。
もっとも、数日後お父さんには怒られた。
「負けてどうする。ケンカするなら勝て」
二対一なんだけどな。
でも、お父さんの言う通りだ。ケンカするなら勝たなきゃ。次は負けないぞと僕は心に誓う。
だから幼稚園の体操クラブよりも、空手とか柔道なんかの方が強くなれるんじゃないかと思ったが、特別クラスにいた時もそっちで体操を習っていたし、とりあえず体験授業を受けることにした。
放課後、体験のために体操服に着替えていたら、さくら組に黒目が入ってきた。
体操服を着ている。なんだ、こいつも体操クラブに入ってるのか。小さく舌打ちをしたところでハッとして黒目を目で追った。
黒目が一直線に向かった先には当然のごとくかずくんの姿。もたもた体操服に着替えているところだった。やっぱり。かずくんも入っているんだ。
「はい、足あげてー」
黒目が歌うように言うと、かずくんが黒目の肩に手を置いて、片足ずつ制服のズボンを脱いだ。
おしりに大きなドラえもんのドアップがプリントされたパンツをはいていてギョッとする。そこから伸びる真っ白な足に、なんだかこっちが気恥しい。
「はい、ばんざーい」
おいおい、全部着せてあげるのかよ。
ほんとに赤ちゃん扱いだな。
自分でやれば出来るはずなのに、わざと出来ないように仕向けてるとしか思えない。
余計なことすんなよ、とじっと見つめていたら黒目と目が合ってしまった。さっきまでの優しかった目付きが一瞬でキツくなる。僕も負けずに睨み返した。なにかひと言言ってやろうと身構えた時、
「まーくん!先生がねぇ…」
なにも気がつかないかずくんが、のんきに黒目を呼んだ。途端に黒目の表情がくるりと変わって、もう僕のことなど忘れたみたいに、かずくんの顔を覗き込んでいた。
なんだよ、ずいぶん顔つきが変わるじゃないか。カメレオンかおまえは。
あの目付き。かずくんを見る時のあいつの目が嫌いだ。なんていうか、やってる事はお母さんみたいだけど親の目とは違う。お兄ちゃんのとも違うんじゃないだろうか。よその兄弟はそんな目で見ない。
なんだろう…よくわからないが、とにかく嫌いだ。