別に当てるつもりだったわけじゃない。
気がついたらボールを蹴っていたというのが正直なところで、黒目のおしりにボールが当たって、むしろ僕もびっくりしたんだ。

「いってぇ!」

黒目が叫んで、僕を見た。
真っ直ぐな視線を眩しいと感じたのはなぜだろう。
それが悔しくて、僕は負けじと睨み返した。
一触即発かというその時、

「まぁぐぅぅん!」

かずくんがしゃくりあげるように泣き出した。
驚いてビクついたせいか頭の上の花かんむりが転げ落ち、女の子たちがその声に一斉に寄ってきた。
「どうしたの?」
「なになに?」
女の子たちにわぁわぁ囲まれても、かずくんは黒目にしがみついたまま、しくしく泣き続ける。

「かずくん!大丈夫だよ」

黒目が地面に座り込み、かずくんを膝にのせて背中を撫でる。そしてシャツの袖口で涙と鼻水を拭いてあげていた。

突然、僕と二人の間に、なにかはっきりしない半透明な膜のようなものがある、ような気がした。
柔らかい透明なスライムに包まれていると言ってもいいかもしれない。包まれているのが二人なのか、それとも僕のほうなのか。
その膜を突き破りたい衝動に駆られた。
しかし実際には、僕の体は反対を向いて走り出す。
黒目が落ちた花かんむりを拾って、あの子の頭にのせてあげている姿が目の端をかすめた。ほんの一瞬だったのにいつまでも目の奥に残っている。

教室の前の手洗い場に走り込んだ。
潰れて汗でこびりついた四つ葉の残骸を、水でゴシゴシこすった。

なんでかずくんが泣くんだ。
ボールが当たったのは黒目なのに。
黒目が痛いとあの子も痛いとでも言うのか?

バカバカしいと頭を振る。
一方で「ちゃんと謝りなさい」というお母さんの顔が頭に浮かんできた。
わかってるよ、わかってんだよ、そんなこと。
イライラと手を動かしたら、勢いよく水が弾けて顔まで濡れてしまった。あっと思ったけれど、さっきまでの膜が消えたみたいで、僕はしばらく流れる水を眺めていた。