朝のやりとりのせいか、なんとなくかずくんが僕を避けている気がする。目が合わない。
しかしお弁当の時間は席が隣。これは先生が決めたのであって、僕のせいじゃないからな。

朝ねえやが渡してくれたお弁当袋を開く。
カラフルなおかずとひとつずつ丁寧に海苔が巻かれた小さなおにぎりがきちんと詰められている。まるで料理の本の見本みたい。これは料理担当の別のねえやが作っている。
お母さんは忙しいから。
お父さんの大きな病院のお仕事を手伝っているし、なんだかよくわからない集まりにもしょっちゅう出かけているんだ。しかたない。
僕は真っ赤なプチトマトをつまんだ。
苦手なものはさっさと片づける、それが一番だ。

食べ終わり、チラリと隣のかずくんをうかがう。

「………」

かずくんはお弁当箱を前にじっとしていた。
まるでお弁当箱とないしょ話でもしているように、俯いてのぞきこんでいる。
よくよく見れば小さなお弁当箱の中に星型にんじんがポツンと残っていた。

「なにしてるんだ」

かずくんは僕の問いかけに顔も上げずに、小さな声でなにかもごもご答えた。

「にんじんキライなのか」
「……キライ」
「それくらい食べろ。好き嫌いはダメなんだぞ」
「しいたけは食べたもん」

しいたけもキライなのかよ。まだまだ嫌いなものありそうだな。呆れていたら「しいたけ、怖いんだもん」とか、わけがわからないことを言ってくる。

「そんなだからチビなんだ」

そう言ったら、かずくんがうるうるの目で僕を見返してきて、目が合った。小さな口がなにか言おうとかすかに震えている。

「かずくん!」

黒目の声が教室に響いて、かずくんが弾かれたように戸口を振り返った。

「今日もにんじん入ってた?」
「…しいたけも入ってたの。でも食べた」

さっきまでとは違って、かずくんがうれしそうだ。
なんだよ、おまえは年長組だろ、来るなよ。
そう心の中で毒づいていたら、そこから黒目がまさかの行動に出た。

黒目は「しいたけも?前は食べられたからなぁ。でもがんばったね!」と頭を撫でたりなんかした上に、ひとつだけ残っていた星型にんじんをひょいとつまんで半分齧ると、あとの齧りかけを、

「あーん」

と言って、素直に開けたかずくんの口に押し込んだんだ。かずくんが口に手を当てて笑う。
なんてことをするんだ、こいつ!
かずくんも「んふふ」じゃないんだよ。
汚いな!
自分が齧ったものを人の口に突っ込むなんてありえないし、僕ならそんなもの、とてもじゃないが口になどできない。うちではお母さんですら「虫歯が伝染るから」と言ってそんな事しないのに。
僕は呆然とした。
そんな僕にはお構いなしに、二人はお風呂場にしいたけがたくさん生えていて気持ち悪いとか、怖いとか理解に苦しむことを話している。どんなホラーな風呂場なんだよ。

いやいや、気持ち悪いのはこっちだ。
なんなんだいったい。
黒目のやつ、どっかおかしいんじゃないか?
僕は手のひらに妙な汗をかいて、イヤな気分に襲われた。


おかげで僕までしいたけが苦手になってしまった。だからこの日の夕ごはん、残すことを許されない僕は、出てきたしいたけをお茶で丸呑みしなければならなかった。どうしてくれるんだ、まったく。

なにが「まーくん」だ。
あの黒目は要注意。ますます観察しなければと、あらためて決意を固めた僕だった。