「どうだろうなぁ」

マスターは首をひねった。
30年前に戻れたらせいさんと付き合うかという俺の質問への答えが「付き合う」ではなかったことに、少なからずショックを受ける。
えぇー、そこは「付き合う」じゃないの?

「俺は家族運がないっていうか、両親は早くに亡くなるし、祖父一人しか残ってなくてね。とにかく早く家族を作りたかった。そしてじーちゃんを安心させてやりたかったんだ」
「せいさんのこと、どう思ってたの?」
「どうって…」
「何度も告白してフラれたって、せいさん言ってたよね」

30年もフラれ続けたって。
マスターはくしゃりと目尻に皺をよせ照れくさそうに笑った。

そうだね。
あいつ、ほんとに諦め悪いんだよ。
好きだったよ、大好きだった。
でも家族を作りたい俺には受け入れられなくて。
というか、なんで「付き合う」ことにしなきゃならないのかが理解できなかったな。
だって、もう何年もずっと幼なじみで親友で、隣にいるのが当たり前なのに、なぜ今更なんだって。
付き合わなくったって、これからも変わらずずっと一緒なのだからいいじゃないかと思ったんだ。

「まぁ、少し違う関係にはなるんだろうけど」

違う関係。昨夜のまーくんとのことを思い出して、俺はもじもじ顔を赤らめた。

「俺もあいつが好きで、よくベタベタしていたし、触れられても嫌じゃなかったから…あいつがもっと強く押していたら、なし崩し的にそうなっていたかもしれないな。でも、何度も告白してくるくせに、そういうことはしてこないんだ、あいつ」

あぁ、まーくんと同じだ。いつだって自分のことより俺の事優先してる。まーくんの辞書には「自己中」なんて言葉は載ってないんだ、きっと。
優しさのかたまりみたいな人。

「俺が結婚した時はすごく喜んでくれたよ。さすがに以前のようには連絡を取らなくなったけどね」

せいさんは完全にフラれたってわけだ。
想像するだけで胸が苦しくなる。
それなのに、こうして今は二人一緒だなんて。
なんだか不思議。
そう言ったら、マスターはじっと手元のコーヒーカップを見つめ、沈んだ声になった。

「正直あいつとはもうダメかもしれないと思った
。俺から手を離してしまったんだから仕方ないとはいえ、さすがに怖かったな」

けどね。
嫁さんが事故で亡くなった時、あいつはすっ飛んできてくれた。
俺はただただ絶望の底にうずくまっていて、闇の中を彷徨ってる状態だった。
──俺のせいだ。俺が家族運ないから。
──俺なんかと一緒になったから。
バチが当たったと思った。せいのこと必要だとわかっていたのに、気がついてないフリなんかして。
「誰のことも幸せにできない。こんな俺じゃえりかだってきっと……!」

そう泣き事を言ったら、すごい勢いで殴られた。ほんとうに目から火花が散ったかと思うくらい、手加減なしで思いっきりね。痛かったなぁ。あいつ、ああ見えてブチキギレるととんでもないんだよ。


マスターは目を赤くして泣き笑いみたいな顔をしていた。