目の前にはいい香りのコーヒーが湯気を立ててる。この頃はすっかりブラック派になった。
んふふ、少し大人になったみたいかな?

結局まーくんのバイトはクビにはならなかった。
せいさんがそのうち美容師の仕事を再開するつもりだとかで、慣れたバイトを確保しておきたいらしい。とは言っても週一水曜日だけになった。
必然的にその水曜日が、本郷に数学を教えてもらう日になり、今日も今日とて、俺は小難しい問題に頭を抱えている。
生徒会室でもやってはみたんだよ。
でも眼光鋭い本郷に、生徒会のみんながビビり気味で、西畑にごめんなさいと手を合わせられてしまったんだ。まぁ、わからなくもない。西畑のせいじゃないのだから悪いことしちゃったな。

「集中しろ」

またシャーペンでつつかれる。
中間テストを前に本郷はスパルタモードだ。
翔ちゃんのカテキョは至れり尽くせりで、めっちゃ優しいんだけどなあ。

「ほらほら、糖分補給しな」

ボヤキが顔に出ていたのか、まーくんがクッキーのお皿を置いてくれた。本郷がチラリとまーくんを見上げる。
「……まさかとは思うが、コレはアンタが?」
「なかなかの出来でしょ。相葉クッキー!」
「ニガい葉っぱでも入ってそうな名前だ」
相変わらず不毛な会話をする二人はほうっておいて、俺は可愛いクッキーをひとつ口に放り込む。

「おいひぃ」

ほらあ!とまーくんの顔が輝く。
「そういうのを欲目と言うんだ」と言う本郷に無理やりクッキーを食べさせてる。
本郷の感想は一言「固い」だったけど、その後も食べていたから美味しかったんだろう。


「そういえばこの前、えりかちゃんのおじいちゃんがお店に来たらしいよ」

グラスを磨きながらまーくんが言った。

「え、マジ、どうだったって?」
「横山サンが強引に連れてきたっぽかったのに、おじいちゃん残して横山サンすぐに帰っちゃったから驚いたとマスターが言ってた」
「はぁ!?」
恐るべし横山。
そうヘンに感心してるところへ、噂をすればなんとやら、横山本人がカランと軽い音をたててお店のドアから入ってきた。