俺の反応にも構わず、まーくんのイタズラな指がまたシャツに潜り込んで胸の先に触れてくる。
文句を言う口をふさがれて、どこへも逃せない熱に身をよじった時、玄関のドアが開く音がした。
「かずくんなの?」
母さんの声がサンダルの足音とともに近づいてきて、俺たちは動画の早送りみたいに大急ぎで乱れたシャツの裾をズボンの中に押し込んだ。
「かずがデカい声出すからぁ」
「誰のせいだよ」
小声で言い合う端から「ただいま!」と返した。
薄暗い車庫に母さんが現れ、「あら」とまーくんを見て笑った。
「今日も送ってきてくれたの。いつもありがとうねぇ。バイトは慣れた?」
家族並みにうちに出入りしてるまーくんの事は、俺の母さんも把握していて、喫茶店でバイトしてることも知っているし、俺が入り浸っているのも一緒に帰ってきてることも筒抜けだ。
どっちが息子だかわかんないよ。
知らないのは俺たちの特別な関係だけだろうな。
「マスターがママさんとラブラブでこっちが照れるんスよねっ。いやぁ参った参った」
さっきまでの興奮の影響なのか、ビミョーに的外れな答えをまーくんが返してる。
「夕ごはん食べてく?」と母さんに聞かれ、首を振って「今日は母ちゃんが作ってくれてるんで」と自転車の前カゴに入ってる自分のリュックを引っ張り出した。
その間俺は、心臓の爆音に負けないように、どうでもいいことを必死で話しながらも、まーくんの春物の上着の裾を握りしめていた。
帰ると言われても離せなかった。
──帰したくない
さっき言われたその言葉が頭の中にこだまする。
帰したくないし離れたくない。
それはまーくんの言葉であり、そしてそのまま俺の気持ちでもあった。目の奥がじんと熱くなる。
「また明日ね」
まーくんが優しく言って、俺の手に触れた。
なんだよ、帰したくないって言ったじゃん。
離れたくないんじゃなかったのかよ。
なんて…、理不尽な心の声が聞こえたのか、聞こえないのか、まーくんは俺の頭をわしゃわしゃしてから、裾を握る俺の手をそっと外した。
そして笑顔で手を振って帰っていった。
どこかでまた犬が遠吠えした。
あぁ。俺の代わりに鳴いてくれたのかな。
気分はまさに捨てられた子犬そのもので、自分で自分にあきれた。
だから子供だって言われるんじゃん。
まーくんが先に大人になっても悔しくはない。
でも並んで歩けるように、その背中を追いかけなくちゃと焦るんだ。