横山のもっともな意見に「そういえばそうだな」と、みんなの顔が明るくなった中、ただ一人眉を下げたのはえりかちゃんだった。

「えりか?」
「…もうママって呼べないの?」

えりかちゃんの声は震えていた。
大きな瞳にみるみる溜まる涙。

「えりかはママって呼びたい。呼んじゃダメ?」

マスターとせいさんの手を握り、顔をくしゃくしゃにしてえりかちゃんは泣いた。
「ママはママだもん」そう言ってぽろぽろ涙をこぼす姿は、普段の少し大人っぽいえりかちゃんではなかった。
俺のことを「かずなり」と呼ぶ小生意気なえりかちゃんはどこにもいなかった。
この前、自分のせいでせいさんが帰ってこないのだと大泣きした時とも少し違う。

マスターがえりかちゃんを抱き上げて、せいさんが背中をぽんぽんしてあげている。

本当のお母さんのことを覚えていないえりかちゃん。せいさんは男の人のだけど、どこかでお母さんと重ねて見ていたのかもしれないな。
お母さんじゃないけど、お母さんみたいな大事な「ママ」なのかな。

「えりかの好きな呼び方でいいよ。もちろん『ママ』でも大丈夫」

マスターが優しく言った。

「パパたちはよそとは少し違うけど、悪いことしてるわけじゃない。パパはこれまでと変わらず堂々とする。えりかも堂々としてていいんだよ」

その言葉に、せいさんがハッと顔をあげてマスターの顔を見た。わずかに開いた口がわなわな震えて、何か言いかけたみたいだったけど、言葉にはならなかった。
そのまま無言で、えりかちゃんごとマスターを抱きしめた。

俺も黙ってもう一度まーくんにしがみついた。
まーくんも何も言わずに抱きしめてくれた。