日も暮れかけた見知らぬ街角で泣いていた俺。
──ヒデくん!見つけた!
汗だくの真っ赤な顔で聖くんが手を差しだす。
──迎えにきたよ、帰ろ!

「昔と全く同じ。なんにも変わらない。俺はただただ嬉しくて、夢中でその手を掴んだよ」

それからは俺と聖と赤ん坊のえりかとのてんやわんやの毎日。
ママがいないせいか、えりかは抱っこじゃないと寝なくてね。布団におろすとすぐに泣くんだ。
二人でオロオロ交代で寝かしつけて、やっとこさ布団で寝てくれて。

「二人でホッとして笑いあった時。ほんとに変わらないなって。なんで俺はこいつの手を離してしまったんだろう。こうして二人でいるのが当然だったのに、なぜそれを選ばなかったのかと…唐突に思ったんだ」

勝手に、それはイケナイことなんだと、ダメなんだと決めつけていた。
だから目を逸らしていた。
でもようやく、特別なんだ、こいつはただの男ではなく俺にとって特別なんだと理解したんだ。

「本当はわかっていたのかもしれないな、俺。気がつかないフリしてさ」

マスターは自分のことを「弱虫」だと苦笑した。
弱虫なのかは分からない。
でもマスターの気持ちはよくわかる。
俺もずっとずっとまーくんのこと好きだったけど、それがどういう気持ちなのか知るのが怖かった。
まーくんが俺のこと、とっても大事にしてくれてるのはわかっていたよ。
でもそれも突き詰めるのがやっぱり怖くて。
なにが怖いのかもよくわからないまま、俺も気がつかないように目を塞いでいた。

まーくんが一歩を踏みだしてくれたおかげで、俺は自分の気持ちに向き合えたんだ。
よかった…。
早く気がついてよかった。
てか、危なかった。もう少しで、マスターたちみたいに30年もムダにするところだったかもしれない。

そう思っただけで背中がひんやりして、俺はしなしなと椅子に座り込んだ。
横山はガックリうなだれて、黙って聞いていた。
店内は流しっぱなしの静かな音楽が流れるだけで、しばらく誰も口を開かなかった。

マスターがコーヒーを淹れ始め、せいさんがカウンターを拭いた布巾を洗う水の音がした。
本郷が横山を椅子に座らせ、俺は手の中のケータイをじっと見ていた。

「もう、なに言うてもしょうがないねんな…」

横山はぽつりと言った。

「俺は一度身を引いたからね。もう諦めるつもりはないよ。このままえりかも一緒に三人で家族だ」

せいさんは口元をほころばせて、自信たっぷりに横山を見た。横山は頭を掻きながら、悔しそうに言い返す。

「じゃあ、なんで家出なんかしてんすか」

たしかに!
俺はせいさんを見つめた。