「いや、なんて言うか…」

それまで黙って聞いていたマスターがゆっくり話し出した。

「こいつとはくされ縁というか、幼なじみで親友で、隣にいるのが当たり前で。確かに何度か告白みたいな事もされたけど…なんて言うか、だからこそ、それはちょっと違うんじゃないかって」

そう思ったとマスターは言った。
それは、これまでに培ってきた大切な関係を変えてしまうかも、変わることでなにか壊れてしまうかもしれないと思えて怖かったと。

「親代わりに育ててくれたじいちゃんに孫を見せてあげたかったし。だから無理だと思ってた」

そして戸田教授に娘さんとの結婚を勧められた。

「彼女はとても綺麗な人でね、仕事熱心でがんばり屋さんで今でもすごく尊敬してるし、とても大事に思っているよ」

マスターはそう語る時、優しい目をしていた。
せいさんも同じ目をして、またカウンターを丁寧に拭き始めた。

「彼女が事故で突然死んでしまって、俺は本当に途方に暮れてしまった。子供の頃に迷子になった時みたいに、どうしていいのか、どこへ行けばいいのかもわからなくなってしまって…。そんな時こいつが目の前に現れた」

結婚した後、遠く離れた店に移ってしまって顔を見る機会も減ってしまっていたのに。

「ヒーローだと思った」

マスターのその言葉が、俺の心を鷲掴みにする。
ヒーロー。
俺のヒーロー、それはまーくん。
あぁ、そんなところまで一緒だなんて。
俺はケータイを握りしめ、マスターの次の言葉を待った。