すぐに戻ると言ったマスターだったけど、なかなかおりてこない。
「お客さん待たせちゃってるし、かず、ちょっと様子見てきてくれない?」
まーくんに頼まれて、しかたなく二階に向かった。
盗み聞きしてると思われたくないから、わざと足音をたてて階段をあがる。
あがった先のつきあたりの開けっ放しのドアから声が聞こえてきた。
「すみませーん、マスター?お客さんが…」
階段から声をかけると、えりかちゃんが出てきて俺にしがみついてきた。
「ママ、帰ってきたんじゃないんだって!またどっか行っちゃうかも」
えりかちゃんの悲愴な表情に心が痛む。
涙でぐちゃぐちゃの顔を手のひらで拭ってあげた。
「落ち着こ?マスター、じゃないや、パパとお話しして仲直りすれば大丈夫だよ、きっと」
「……そうかな」
えりかちゃんはしゃくりあげながら俯いた。
こんなに泣いてるのに。
まさか置いていかないよな?
本当のママじゃないからって、いや、ママですらないのか。でも可愛がってたんだよな?
モヤモヤしている俺の前にマスターが現れて、えりかちゃんの頭を大きな手で撫でた。
「えりか、ごめんな。今日お店早く閉めて、きちんと話し合うから。少し待ってて」
そして、俺に「えりかを頼んでいいかな?」と言い、部屋に向かっては「逃げるなよ!」と叫んでから下におりていった。
「逃げたりしないのにねぇ」
部屋から出てきたせいさんは、えりかちゃんが俺にくっついているのを見て不思議そうな顔をした。
「えーと、君は誰かな?」
えりかちゃんが離れないのでそのまま部屋に入り、俺はそれなりの自己紹介をした。
「へぇ…バイトくんのお友達。えりかはなかなか面食いだねぇ」
そう言ってせいさんは笑った。
そういうせいさん自身もイケメンでガタイが良く、ママというより断然パパという感じだ。
会長さんはパートナーとか言っていたけど、それってつまり、俺とまーくんみたいな関係ってことなんだろうか。
なんだかヤケにドキドキしてしまう。
俺の膝に寄りかかるえりかちゃんの重みを感じながら、俺はせいさんの目をまっすぐ見つめた。
優しいキレイな目をしている。
「あの、あの!もうどこにも行きませんよね?」