ひょっとしてえりかちゃんのママかとドアに注目したものの、そこには背の高い男のお客さんが立っていただけだった。
なぁんだ…。

「ママ!」

えりかちゃんが一言叫ぶと、俺の膝の上から飛びおりた。
え?ど、どこに?
腰を浮かした俺はキョロキョロしてしまった。
えりかちゃんはまっすぐその男のお客さんの所へ走っていって飛びついた。
「ママ!ママのバカぁ!」
泣きじゃくるえりかちゃんを力強い腕で抱きしめて、その人は「ごめんね」を繰り返してる。

「へ?なに、どういうこと?」

俺もまーくんも、さすがの本郷もポカンと口をあけて、二人を見つめた。
お店にいた常連さん達も「せいさん!おかえり」「えりかちゃんよかったねぇ」と、拍手する人までいるじゃないの。
え…ママって、この人?
え、だってヒゲはえてんじゃん!!

ボーゼンとする俺たち。
それに構わず、マスターがズカズカ歩いていって、えりかちゃんを抱えたその人をカウンターの内側にひっぱり込んだ。
「少しの間店番してて。すぐに戻るから」
「あっ、はい!」
マスターに言われて、慌てて返事したまーくんの声が裏返る。マスターとえりかちゃんを抱えたその人は、低い小声でなにやら言い合いしながら二階への階段を登っていった。

「え、え?どーゆーこと??」

俺たち三人は顔を見合わせた。
この三人の気持ちがひとつになるなんて、かつてない瞬間だ。

「バイトのあんた、知らなかったんかい」

カウンター席の反対側の端に座っていた商店街の会長さんがのんびりと言った。
「ええと、奥さんが家出してるとしか…」
いや、奥さんじゃないか、や、どうなんだ?とまーくんが頭を抱える。
「せいさんは奥さんではないなぁ。なんつーんだ…パートナー?」
会長さんは顎の辺りをさすりながら答えた。

あの男の人はマスターの幼なじみで、元は美容師をしていたんだって。
マスターの奥さんが亡くなって、まだ赤ちゃんだったえりかちゃんを抱えて途方に暮れていたところに、仕事まで辞めて駆けつけてくれたらしい。
「小さい頃からえらく仲がよくてなぁ。この近くに住んでいて、ヒデさんのじーさんが元気なうちは、二人でよくこの店に入り浸ってた」
会長さんは、マスターをヒデさんと呼んだ。

……幼なじみ。
すごく仲のいい幼なじみ。

まるで俺とまーくんみたいで、胸の奥がざわざわした。