放課後、今度は自転車でマスターのお店まで行った。またまーくんに乗せてもらうことになるのは、さすがに悪いからね。
ほんの少しの距離だけど、本郷に一応「後ろに乗る?」と聞いたら速攻断られた。なんか傷つく。

ドアを開けると、すでにエプロンをつけたまーくんがにこやかに迎えてくれた。
「いらっしゃいませ〜!」
さぁさぁさぁと本郷の肩を強引に抱くと、いつものカウンター席に押し込み、俺の手を取って隣に座らせてくれた。
「贔屓にもほどがある」と本郷がムッとするのに、まーくんは笑って答える。
「ちゃんとコーヒー奢るから!俺が淹れたのでよければねっ」
「話が違うだろ!」
ごちゃごちゃ揉めるのをなだめようと立ち上がったら、カウンターの奥の椅子にえりかちゃんがちょこんと座っているのが目に入った。
そうだ。今日はえりかちゃんのママが帰ってくるんだった。だから学童も行かないで待ってるんだね。

「悪いね、わざわざ。えりかの我儘につきあってもらって」

マスターが淹れたてのコーヒーを出してくれる。
本郷が不審げに俺を見た。
「今日俺、えりかちゃんご指名なの。ママが帰ってくるんだって。なんか俺…」
「聞いてない」
とたんに嫌そうな顔をした。
「言うの忘れてた」とにっこりしたら、頭を小突かれて、それを見咎めたまーくんとまた揉めだす。

「かずなり」

あーだこーだ言い合う二人を呆れて見ていたら、制服の袖をつんつん引っぱられた。
袖を握ったえりかちゃんの顔が緊張している。
「……ほんとに帰ってくるかな」
俺はえりかちゃんを膝の上に座らせた。
「えりかちゃんのママは嘘つきなの?」
「違うよ!嘘なんかつかない」
「じゃあ帰ってくるんでしょ」
えりかちゃんは「うん」と答えながらも、表情はやっぱり冴えない。

「ママ、わたしのこと嫌いになってないかな…」

まだ自分のせいで出ていったんだと思ってるみたいだ。もし嫌ってるとしたら、えりかちゃんのおじいちゃんを嫌ってるんじゃないの。
要はそこが揉めてるんだからさ。
むしろえりかちゃんは被害を被ってるほうじゃん。

「そんなことないよ」

俺はえりかちゃんの大きな瞳を見つめた。
澄んだキレイな瞳には涙の膜がかかっていた。

「過保護のくせにうるさい」
「それが先輩にむかって言う言葉!?」

小声だった言い合いもエスカレートしてきたので、「うるさい、うるさいから!お客さんいるだろっ」と本郷の背中を叩く。
キッと本郷が俺を見たその時。
お店のドアがカランと開いた。