「なにすんねん!」

押し込まれた横山がまーくんの腕を振り払う。
更に喚こうとしかけたところで、
「なんだ、こいつは。うるさいな」
カウンター席からおりてきた本郷が睨みつけた。
「えーと、不審者、かな?」
「ちゃうてゆーてるやろ!」
答えた俺に横山が噛みついてくるから、まーくんが間に入って「まぁまぁまぁ」となだめにかかる。
俺はまーくんの背中に隠れて、こっそり心の中であかんべーをした。
「静かにしろ。お客がいるんだぞ」
本郷の低く凄んだ声に周りを見ると、騒ぐ横山は注目の的になっており、本人は真っ赤になって俯いてしまった。

それから先は黙秘権行使と言わんばかりのだんまりで、俺と本郷の間に座らされ、頑なな態度をくずさない。
「これでも飲んで」
マスターが笑顔でコーヒーをコトリと置いた。
横山の表情がふと動いた。
目の前のカップを手に取り、一口。
「…うまっ!めっちゃ美味いです」
声をあげた横山に、マスターがうんうんと頷く。
「戸田先生はとにかくコーヒーにうるさいからね。君、先生の研究室なんだって?苦労してるんだろうなぁ」
俺はお皿を拭いていたまーくんと顔を見合わせた。

実はマスターは、前は戸田教授の研究室で助手をやっていたんだって。
将来有望で教授のお気に入り。教授の勧めでお嬢さんと結婚までしたんだから相当なものだ。
「教授の納得するコーヒーを淹れるために、自分の研究後回しで、コーヒーの研究ばっかりしちゃってたからね」
あぁ、だからこんなに美味しいのか。
でもマスターのお嫁さんになったお嬢さんが、事故で亡くなってしまった後、マスターは大学を辞めてしまった。
それ以来教授とも疎遠になっているらしい。

「なんで大学辞めはったんですか。」
「この喫茶店、僕の祖父が昔やっててね、両親も早くに亡くなってしまったし。僕が跡を継ごうと思ってね」
「院まで行って、大学に残ったのに?そんなこと、あります?もったいないやないですか」
「まぁほら、コーヒーも詳しくなったし、祖父の血が流れてるから、ねぇ?」
納得がいかない様子の横山に、マスターは困ったように笑った。

「わたしのせい?」

俺の隣で夕ごはんの卵サンドを食べていたえりかちゃんが、急に叫んだ。

「わたしが赤ちゃんだったから、困ったパパがママと結婚したせい?それでおじいちゃん、怒ってるんだ?そうだよね?」

一瞬しんとした。
マスターは慌てて「そうじゃないよ」と言ったけど、サンドイッチを置いて下を向いてしまった。
横山はそんなえりかちゃんに話しかけた。

「お嬢ちゃん…えっと、えりかちゃんやっけ。えりかちゃんはママのこと好きなん?俺、それが聞きたかってん」
「すき」
「そうなんや」
「すごい好き。ママ、すごい優しいし、たのもしいし、楽しいよ。ごはんはパパのがおいしいけど、髪の毛結わえるのがすごい上手いの。毎朝いろんな髪の毛に…」
そこまで一気に言って、えりかちゃんは涙声になってしまった。

「パパとママはほんとに仲よしなんだよ。えりかがいるからパパもママもおじいちゃんもケンカするんだ!えりかのせいなんだあ!」

そう言って、えりかちゃんはわんわん泣いた。