そのまま家に逃げ込もうとしたんだけど、あっさり追い越され、あっという間に抱きしめられた。きちんとスタンドを立てられなかったまーくんの自転車が音をたてて塀にぶつかった。
「ちょ!こんなとこで見られるだろっ」
「泣かないの」
「泣いてないし!」
「よしよし、大丈夫だから」
全然聞いてやしない。
なんだよ、もう…とモゴモゴ言いながらも、手は勝手にしがみつく。
大人しくなった俺に満足したのか、まーくんは腕を緩めて、自分の自転車をきちんと停め直した。
「俺の淹れたコーヒーどうだった?」
「えっ、あ、普通に美味かった」
「ふつーかぁ」
まーくんが唸る。そして「まだまだ練習だなっ」と笑った。
「なんでそんなにこだわるの」
そりゃマスターの淹れるコーヒーはおいしいよ。でもコーヒーメーカーでもさぁ、簡単でいいじゃん。
そう言ったら、
「生活が豊かになるだろ?充実するっていうか?」
生活って。なに急に大人みたいな事言い出すんだか。
「はいはい。大学生様は余裕だね」
俺はちょっとむくれて、自転車を車庫に突っ込んだ。まーくんはくふくふ笑って、また俺の頭をポンポンする。
「上手くなって、かずのためにおいしーの淹れてあげるから!」
そう言われると悪い気はしなくて、「んじゃ、よろしくっ」と肩を小突いた。
自分の部屋に入ってリュックをおろす。
大学生のまーくんと高校生のままの俺。
少しずつだけど、確実にまーくんの「生活」が変わっていっているような気がして、ふと淋しくなる。
──置いてかれるわんこ
まーくんに言われた言葉を思い出した。
「犬じゃねーし」
小声で文句を言ってから、俺はお風呂に入りに階段をおりた。