「…かず?」

心配そうな声に、今夜まーくん家で夕ごはん食べると約束していたことを思い出した。
や、忘れてたわけじゃないよ?
「ちょっと遅くなりそうなんだ」
簡単な状況説明に電話の向こうでふんふん相槌を打っていたのに、本郷と一緒だと言ったら少しの間無言になってしまった。
「まーく…」
「そこどこ?」
「え、学校の近くの」
場所を聞いて迎えに来るって言うから驚いた。
いやいやいや、子供じゃないし!
ごちゃごちゃ言い合ってると「おい!」と本郷が不機嫌な声で割って入ってきた。
ケータイ片手に振り返ると、本郷がマスターの手ごと血だらけのタオルを押し付けてきた。
「俺んちの病院に外科あるから連絡する」
おれはケータイ取り落として、急いでタオルを押さえた。
「俺はこの人を病院まで連れていくから、おまえはこの子とここで待ってろ」
「えぇぇ!一緒に行くよ、ダメ?」
「来たって意味ない」
そんな言い方ある?
えりかちゃんは涙目で俺たちを見比べてる。
俺は小声で「子供苦手なんだけど」と訴えると
「俺も小児科医は目指してない」と却下された。

本郷が呼んだタクシーでマスターを連れて行ったあと、不安げなえりかちゃんと残されてしまった。
どうしたものだろう。
途方に暮れていたら、えりかちゃんの小さな手が俺の制服の裾をちびっと握ってきた。
涙でいっぱいの目で必死に泣くのをこらえてるみたいで、思わずしゃがんで頭を撫でた。
「大丈夫だよ」
「……パパ死なない?」
「死なないよ。ああ見えてあいつ、医者の息子なんだ。大丈夫」
今思えば医者の息子だからなんだってことだけど、えりかちゃんはうんと頷いた。
とにかくえりかちゃんを椅子に座らせて、カウンターの奥の血の跡を出来る限りキレイにした。
このままじゃ怖いもんな。
そこで大事なことを思い出した。
「そうだ!ママは?」
あるはずの気配を感じられず、仕事なら連絡しなければと思ったんだ。

「ママは家出してる」

……………ええ?
「えええぇぇ!?」
声を上げるのとほぼ同時にお店のドアが勢いよく開けられた。
「かず!?」
俺の声にまーくんが駆け込んできた。
その姿にほっとして鼻の奥がツンとした。