「おまえに関係ない」

まぁ、そう答えると思ったよ。いいんだけどさ。
もう少し打ち解けてくれてもよくない?
会話続行はあきらめて、ゆっくり味わいたかったコーヒーを早々に空にしようとした時、カランとお店のドアが開く音がした。
何の気もなしにドアのほうを眺めると、水色のランドセルを背負った女の子がスタスタ入ってきて、このレトロな空間とのギャップにハッとする。
女の子は「ただいま」とカウンターの中に消えていった。
あぁ、あのマスターの子供かな。

「んじゃ、俺帰るわ」

そう言って立ち上がったら、本郷がなにか言いかけたみたいで、「ん?」と聞き返そうとした。

「うわあぁぁ!!」

突然悲鳴が上がると同時に大きな音がして、俺は立ち上がりかけた姿勢で固まり、本郷は素早くテーブルの前に踏み出していた。
「……なんだ?」
本郷が低い声で呟く。
と、カウンターの中から女の子が弾丸のように飛び出してきた。
「助けて!パパが死んじゃう!」
女の子は真っ青な顔で俺たちの前で震えている。
「え、なに?なにがあったの」
「パパがパパが」
俺たちはとにかく急いでカウンターの中に足を踏み入れた。

「……お騒がせしてすみません」

そこには手から血をダラダラ流したマスターが座り込んでいた。



「血に弱くて…」

マスターは青ざめた顔でしきりに謝った。
とりあえずと言って本郷がタオルで押さえて止血しようとしている。
「もぉーパパのバカ!なにやってんのよ!」
「ごめんごめん、かぼちゃ切ろうと思ってさ」
手が滑って包丁でざっくりいってしまったらしい。
かぼちゃでデザート作るつもりだったが、めっちゃ硬かったんだって。
「えりか、ごめんな」
娘さんの名前はえりか、か。
涙でほっぺたが真っ赤になりながらも、「もぉー!」とぷんぷん怒ってる。
「これは縫わないとダメだな、たぶん」
本郷が血だらけのタオルを見ながら言った。
窓の外はもう暗くなっていた。
病院ってまだ開いているのだろうか。
その時俺のケータイが震えて着信を知らせた。
画面にはまーくんの名前。
俺は慌ててタップした。