「大丈夫、大丈夫だよ」

怯えるかずくんにそう声をかけたけど、実のところ俺自身に言い聞かせていた。
昔から怖い話に弱くて、ほんとにダメなんだ。
でもかずくんの前だし必死に耐える。
二人で固く手を握りあって、暗い空を見つめた。

ひゅんっと黒いなにかが横切った。
暗いにもかかわらず、ソレは優雅な曲線をえがいて右に左に自由に移動している。
鳥……みたいだ。でも鳥って夜飛ぶっけ?

「どーした、ボウズたち」
「うわぁぁ」

急に声をかけられて叫んでしまった。
思わずかずくんを抱え込む。
食べかけの綿あめがかずくんのほっぺたに押し付けられてしまったのも気がつかなかった。

「そんなにビビんなって」

よく見ればさっき買った綿あめ屋のおじさん。
ちょっぴりおまけしてくれたんだ。
ごめんごめんと日に焼けた顔に白い歯が光る。
かずくんが黙ったまま空を指さしたのにつられるように、おじさんも空を見上げた。
「ああ、ありゃコウモリだな」
「コウモリ?コウモリって、あの吸血コウモリ!?」
俺にはよく怖い本に載ってるイメージしかなくてそう言ってしまったんだけど、途端にかずくんの身体が俺の腕の中で固まるのがわかった。
「そんなんじゃねぇよ。第一吸血とか言われてるやつだって舐める程度らしいぞ」
「あれ、違うやつ?」
「ただのコウモリだよ。意外にカワイイぞ」

おじさんは、自分の家の排気口に入り込んでたコウモリを捕まえたことがあると話してくれた。
涙目だったかずくんも、コウモリのおなかがぷにぷに柔らかいと聞いて、俺の腕から抜け出てしまった。
「コウモリさんってほんとに逆さま?」
「おお。虫かご入れたら逆さまだったなぁ」
あれこれ質問しだしたかずくんに、おじさんの鼻の下がびろーんと伸びた気がする。
おまけに
「カワイイお嬢ちゃんが気に入るかわからんが」
そう言いながらかずくんの手のひらに、キレイなビー玉を二つ乗せたりした。拾ったんだって。
「…ありがと」
かずくんが甘い声で答えた、ように聞こえた。
俺がもし猫だったら、背中の毛を逆立ててたところだったな。
そこでおじさんは休憩終了と言って戻っていったけど、かずくんは長いこと「バイバイ」と手を振っていた。
そういうとこだって!
ほんと人たらしなんだからさあ。

「これ、まーくんの」

ため息つきかけた俺の手に、かずくんがビー玉をひとつ乗せた。黄色い模様入りのビー玉だった。

「こっちが僕の」

かずくんは緑の模様入りのビー玉。
俺はかずくんをじっと見つめた。
ビー玉はキレイだけど、かずくんの茶色の瞳のほうがやっぱりキレイだなって思ったよ。
ふとかずくんのほっぺたがテカテカしているのに気がついた。そっと触るとベタついた感触。
かずくんの手には少しつぶれた綿あめ。そうか、さっき綿あめがくっついちゃったんだ。
俺は顔を近づけると、かずくんのほっぺたを舐めた。甘くてほんの少ししょっぱかった。

「んふふっ」

かずくんがくすぐったそうに笑った。