思わず言っちゃった。
こういう時、小学生っていいよね。
学校だって一人で行き帰りするし、親と一緒じゃなくても大丈夫なんだから。
かずくんのママは少し心配そうだったけど、さっちゃんママに連絡してくれた。さっちゃんちは学校のすぐそばの大きなマンションで、それなら俺にもすぐにわかる。
今さっき帰ってきた道を、俺はまた学校に向かって走り出した。


白くて大きなマンションのエントランスはひんやりしていた。
目の前には銀色のボタン。
部屋番号を間違えないように一つひとつ、ぎこちない指で押した。端の小部屋にいる管理人?のおじさんの視線が気になって落ち着かない。
「はい」
さっちゃんのママだろうか、細い声がしてガラスのドアが静かに開いた。

さっちゃんちは3階。
黒いドアを開けてくれたのは、真っ黒な長い髪を背中まで垂らした白い顔の女の人だった。
「どうぞ」
白いワンピースを着たその人がさっちゃんママらしかったけど、なんだか幽霊みたい。
通されたリビングは冷房でキンキンに冷えていた。

「…でね、2階にはかずくんのお部屋があって」

目の前にはかずくんとさっちゃん(たぶん)がソファに並んで座っている。
かずくんはどこか遠い国の、不思議なカエルの形をした楽器をポコポコ叩いていた。
さっちゃん(たぶん)は、スケッチブックを開いて何かを描きながら、しきりと話しかけている。
「3階にプールがあるといいと思う?」
「さっちゃんの部屋はねぇ、ここ」
リズムよくなっていたポコポコが急に止んで

「まーくん!」

俺に気づいたかずくんがソファを蹴って、俺の胸に飛び込んできた。
「お迎え来てくれたの?」
うれしそうな潤んだ瞳。俺はうんうん頷いて、かずくんの冷たい手をギュッと握った。
「かずくんもう帰るの?」
高い声にソファに視線を戻し、あらためてさっちゃんをじっと見つめた。
想像してたより体格がよくて、長い髪の毛を三つ編みにしている。切りそろえられた前髪の下に、ちっちゃな目。可愛い…ほうかな。少しばかりほっとしている自分に呆れかけた時。

「かずくん帰んないで、さっちゃんちにお泊まりしよっ!」

冗談じゃねぇ!と心の中で叫ぶ。
かずくんは困った顔で笑い返した。
「えと…ぼく、まーくんと帰…」
「さっちゃん無理言わないの。あなたもこれからピアノの練習でしょう?」
「じゃああとちょっとだけぇ」
ごねるさっちゃんに負けて、ママがおみやげを準備してる間、三人でソファに収まった。
真ん中に座ったかずくんが俺にもたれかかってくる。くっついたところだけほんわり温かかった。