一体俺になにが起こってるんだ…。
ボーゼンと手に持たされた風船の紐を見つめる。その手はピンクのふわふわ。
そう、今俺はうさぎ。
ピンクのうさぎだ。
この手じゃビラも配れなくて風船係。


「あ!由里子だ。やだ〜可愛い」
「ほんとにうさぎ着てるぅ」

数人の女子から手を振られて、横にいる実行委員女子に腕をつつかれ慌てて手を振り返した。
どうやら由里子ちゃんがうさぎの着ぐるみで宣伝することをみんな知っているらしい。

はあぁ、俺なにやってんだ。

校内から正面玄関の広場に抜けて、必死にカワイク手を振ってた俺の狭い視界に一瞬まーくんの姿が入って、心の中で思わず「助けて!」と叫んだ。
けど、それと同時に「ヤバい!」と頭の中で警報が鳴る。だってうさぎだよ俺。今うさぎ。
こんな姿見られたらそれこそ一生言われる。

クラスメイト(たぶん)と笑い合うまーくんとすれ違う。
とっさに背中を向けて、「うさぎさん、うさぎさん」と懐いてくる小学生に風船を渡した。
まーくんの声が遠ざかっていく。
今すぐ走っていってその背中にしがみつきたい衝動を必死で抑えた。
なんかもう、情けなくて泣きたくなる。


「吉高サン!」

後ろからキツい声が飛んできた。
この声は…!
甘えてくる小学生の手を握ったまま固まる。
着ぐるみのせいで暑いはずなのに全身の体感温度は氷点下。
「あんたは何か知ってるんでしょう?あの子、二宮って子どこにいるの?」
茶髪彼女が俺に詰め寄ってくる。
「ねぇ!」
「……っ」
思わず声を出しかけた時
「子どもの夢、壊さないでくれる?」
隣にいた実行委員女子がピシリと言った。
「由里子は今うさぎなの。子どもたちびっくりしてるでしょう?」
茶髪彼女はハッとすると、小さな声で「ごめん…」と謝った。そしてそばにいた子の頭をそっと撫でた。
「二宮くんなら会場係だから、校庭にいるはずよ」
実行委員女子の言葉を聞くと、茶髪彼女は走っていってしまった。

びっくりした…。


そのうち、小学生の一団の一番後ろにいた低学年くらいの男の子が泣き出した。
どうも風船に(うさぎに?)つられてついてきてしまって、親とはぐれたようだ。
実行委員女子が迷子の連絡を本部にしている間、俺はその男の子の頭を撫でていた。
じきにミスコンも始まるし、そろそろ宣伝も終わり時。
ようやくこの不毛な境遇から抜け出せる!
うれしいのと同時に腰も抜けそう。
脱力しかかった時だった。

「由里子〜!」

賑やかな声の一団が風のように近づいてきた。