診察室はコーヒーの良い香りがしていた。
診察終わりに翔はお疲れ様の1杯を味わっていた。彼の場合、ブラックではなくラテだったが。
あれから二週間ほどたっていた。
ケイはソファに寝転がって、スマホのゲームで遊んでいるようだ。
そこに翔のケータイに着信。大野医師からだ。

「え!あの子見つかったの!」

翔は声を上げケイを見たが、彼は相変わらずゲームに熱中している。
大野医師の話によると、あの相葉青年の親友「和也」が見つかったという。

「生きてたんだ…!よかった」

翔の声にも安堵の響きがこもる。
しかし、続く大野の話に言葉を飲んだ。
和也は海で溺れたのではなかった。
海に行ったのは事実だったようだが、そこでタチの悪い男に拉致され、監禁されていたというのだ。そして警察の手によってようやく発見、保護され大野の病院に運ばれてきたと。
「衰弱がひどくてな、やっと意識が戻ったとこだ。まぁとにかく生きていてよかったよ」

電話を終えて、翔はあの相葉青年の青ざめた顔を思い出した。きっと今頃飛んでいってその温もりを確かめていることだろう。

「なぁ、ケイ」
「んー?」
「おまえ、あの子が生きてる事知ってたんじゃないか?」

ようやくスマホから顔を上げて、ケイはキレイな薄茶色の瞳で翔を見た。

「知ってたよ。わかるもん」

当たり前のように答えるとまたスマホに目を戻した。翔は少し考えてから更に続けた。

「あのさ、聞いてもいいかな。俺はおまえが資料を元に演じているんだと思っていたのだけど、実は違うのか?」
「もらった資料くらいで本人になりきれると思う?」

質問を質問で返されて戸惑ったが、まぁ無理だろうねと答えた。ではどうやって?

「俺の中にね、本人の意識って言うのかな、霊?が入ってくるんだ。今回は生きてたから…んー、生霊なのかな?その霊が俺の口を通して喋ってるみたいな感じ」

そんなことがあるのか!?と、心霊話が苦手な翔は居心地悪そうに椅子を鳴らした。
「そういう体質っていうか、能力者なの?」
「別にそんなことないと思うけど」
「じゃあなぜ、お前の中に入ってくるんだ」

ケイはスマホを見つめたままポツリと言った。

「俺がからっぽだからじゃない?」

その声は思いのほか寂しげで、翔はハッと胸をつかれた。
からっぽ。からっぽ…とは?
話の続きを待ってみたが、ケイはもう興味が失せたのかゲームに没頭している。
そのキレイな横顔を見つめて、翔は抱きしめたい想いに駆られた。


ケイは不思議な子だ。
穏やかで、優しい顔立ちをしている。

しかし何者なのかは誰も知らない。