視線を感じる。
誰かに見られてる?

俺は振り返って更衣室を見渡した。
今日は今年最後のプールの授業。外は小雨で薄ら寒いというのに、中は暑苦しい野郎どもがわさわさ着替えている。
「ニノ、どした?」
隣にいた潤くんに聞かれて、なんでもないと笑い返した。この頃俺、神経過敏なんだよな。
ヘンなおっさんに襲われたせいだ、きっと。

「こんな天気でもラッシュガード着るんだ」
潤くんの目が笑ってる。
しかたないじゃん。まーくんがそうしろってうるさいんだもん。
潤くんはその理由が日焼け防止だけじゃないことをたぶん知ってんな、あの様子だと。
くそぅ。俺の脇がぱやぱやだからって、それがなんだってんだ。見られたってよくない??
まーくんのバカ!

プールのあとの昼休みはかったるい。
潤くんとお弁当を広げていると、いつものように早弁したはずの生田が購買部のパンを山盛り持って現れた。
またどこかの運動部の助っ人をしてるに違いない。そしてまた生徒会の自分の仕事を俺に押しつける気だな。
パンを頬ばりながら生田が言い出す。
「なぁなぁ、幽霊の噂あんの知ってる?」
「はぁ?ゆうれい??」
「美術室に女の子の幽霊が出るんだとさ」
俺と潤くんは顔を見合わせた。
そして二人して目を線みたいにして生田を見つめ返した。
「噂だって、う・わ・さ!」
夏も終わったっていうのに、今頃怪談?
高校生にもなって学校の怪談か。
「トイレじゃないの、花子さんでしょ?」
「そういうお子ちゃまのとは違うの!だって、その女子の幽霊とエッチできるらしいぜ!」

教室がしーんとする。
なんでそんな事、大声で言うかな。
女子のケーベツの視線が生田に集中する。
俺と潤くんは、巻き込み事故防止のため女子にならって白い目で突き放しといた。


「それで生田くん、元気なかったんだ」
風間が笑いを噛み殺して階段を上る。
俺たちは噂の美術室に向かっていた。
「おまえ、新聞部なんだからなんか聞いてんじゃないの?」
「うーん、それがねぇ…」
噂は知ってるけど実態がナイと風間は言う。
「全くの作り話なんじゃないかなぁ」

美術室では美術部が活動している。
「あれ?男子部員が増えてる??」
中を覗いた風間が声を上げた。
なんでもこれまで男子部員はたった1人だったという。「みんな好きだねぇ」と苦笑いしてる風間にメガネ女子が近づいてきた。
「あれは全員入部希望者です!」
話を聞く約束をした美術部部長らしい。

「ほんっとに迷惑してるのよね!」

メガネ女子は盛大なため息をつく。
「変な噂のおかげで、知らない男子からいやらしい事言われたりするし!」
「でも入部希望者増えたんですよね?」
「男ばっかりね。なにが目当てなんだか」
もはやセクハラよと、メガネ女子の怒りはおさまらない。
「噂流した犯人、ぜひ見つけてねっ!!」


見つけてねと言われても。刑事でも探偵でもないんですけど。今は来月の文化祭の準備で忙しいしさ。今日なんか帰るの最後だし。
ブツブツ言いながら駐輪場まで来て、ポケットの鍵を探っていたら。
……誰かに見られてる?
また視線を感じて薄暗い駐輪場で1人固まる。
ソロりと振り返えると後ろに黒い影…。

「うっ、わあぁ!!」
「二宮くん」

黒い影が俺の名前を呼ぶと、一歩前に出て駐輪場の灯りの輪に入って来た。
「だっ誰!?」
「同じクラスの神木です」
「え……」
真っ黒いボサ毛に黒縁メガネ、首から真っ黒なカメラを提げてる。
居たっけ、こんなやつ。
俺に覚えられてないと察したらしいそいつは、しょんぼり肩を落とし、それでも倒れそうになってる俺の自転車を起こしてくれた。

「えっと、なに?」
「実は!二宮くんにどうしてもお願いしたい事があるんです!」
「えぇ…?」

神木と名乗るそいつは、すごく真剣な表情で迫ってくる。コワイコワイ、怖いから!
そしてとんでもないことを言い出した。
こいつの所属する映画研究部が、入部希望者減少により存続に赤信号が点ってるとかで、今度の文化祭で一発ハデなことをやりたいと。
そんで自分が撮る動画に俺に出てほしいと。

「俺が出んの?どんな役で?」
「………幽霊、です」

………………はあ?
しかもよく聞けば、なんと!女の子の幽霊だって言うじゃない。なんで俺がそんな…ん?女の子の幽霊?まさか。

「あんた、幽霊の噂流した?」
「…話題作りです、動画のための。美術部の友達が男1人で困ってたし、注目されればお互いWIN WINかと思って」

なにがうぃんうぃんだよ!
はた迷惑な奴らだな。
「なんで俺なわけ?女子に頼みなよ」
「でもシャツを脱いで背中をはだけて欲しいので、女子には頼めないんです」

開いた口が塞がらないとはこの事か。
心霊っぽい?動画を撮るため、俺にカツラかぶって後ろ向きに肩をはだけて、ニッコリ振り返ってほしいって…なんだよそれ、俺だってイヤだよそんなの!
「髪の毛でほとんど顔は見えなくするし、ほんとそこだけでいいんで!お願いします!!」
泣きつかんばかりの勢いで両手を握られる。
「なんで俺?」
「二宮くんしかいないんです!あんなに白くて綺麗な背中、他にいない。お願いします、すべて君にかかってるんです」
ひぃぃぃぃ。
俺のこと見てたの、こいつか!
あまりの必死な表情に困り果てた。

「……ほんとにそれだけ?」
「それだけです!約束しますお願いします」

マジで泣いてるよ。
俺は折れた。



そうして迎えた文化祭当日。
みんな出払った生徒会室で、俺は備品のチェックをしていた。そこにドカドカ近づく足音。
入ってきたのはなんだか怖い顔のまーくん。
座ってる俺に覆い被さるように顔を覗き込まれる。

「にのちゃん」

え。なに、突然のにのちゃん呼び。
こういう時ろくな事ないんだけど。