とにかく泣いてるかずくんを抱えて木の下を出た。雨が小雨になってて助かった。
丸飲みしちゃったのがこわいのか、残念なのか、お腹がすいたのか。
泣いてるのが可哀想で。泣き止んでほしくて。
もっとたくさん、せめてもう一個飴を入れておけばよかった。
そう思ったら、俺は後先考えずに動いてた。

「かずくん、あーん」

条件反射のようにかずくんが口を開ける。
俺は顔を寄せて、自分の食べてる飴をそっとその口の中に落とした。
「………ぁ、ぇ?」
かずくんは口を開けたままぽかんと俺を見上げてる。その顔を見てハッとした。

さすがにヤバかった!?
やっちまった感しかない。
自分の行動に自分が1番びっくりしてる。

さすがに引かれるひかれる…俺はバカか。


動揺して固まる俺。なにか言わなきゃと思えば思うほど焦りが募って、顎が震えた。
かずくんは瞬きすると、口をもぐもぐさせて

「いいの?もらって」

そう言ってえへへと照れ笑いをした。
涙で濡れたほっぺたがつややかに紅くなる。

「でもまーくんのが無くなっちゃう…」

まだある?って、俺の上着のポケットに手を突っこんで、もう無いとわかるとしょんぼりわんこになった。
そんな姿を見ていると、なんだろう、身体の奥のほうがすごくモヤモヤして落ち着かなくなる。

ナンダコレハ

「俺のはいいからっ」

頭を振ってかずくんの手を握って歩き出した。
知らず足が速くなる。かずくんは小走りでおとなしくついてきた。



さっきの雷が嘘のように雨が止んで、雲のすきまから青空がのぞいていた。
急速に辺りが明るくなり、陽の光が濡れた木々にふりそそいだ。
夏が、夏が戻ってきた。
そのとたん、息をひそめていたセミが一斉に鳴き出した。
その鳴き声に包まれて俺は足を止めた。


ああ…。
俺はセミと一緒だ。

何年も何年も
かずくんのこと好きなまま
地面の下に潜ってんだ。

いつかいつか
外に出て飛べる日が来るのかな。

あの時のセミみたいに
飛んでいけるのだろうか。