いつだったか、姉ちゃんが電車で痴漢にあったと言って、モーレツに怒って帰ってきたことがあった。その時は気の強い友達が、そのオヤジをとっ捕まえてくれたらしいんだけど。

「触ってやったんだ。おまえだって気持ちよかっただろ!」

そう言われたと、泣きながら怒ってた。


そんなわけあるか。
そんなわけあるか。
気持ち悪いに決まってる。

まーくんじゃない手。
好きな人の手じゃないなら、
ただオソロシくて気持ち悪いだけだ。
そんな当たり前のこともわかんないの。



身体の深い所からなにかがせり上がってくる。
喉の奥から「ぅぐうぅ」と唸り声が漏れた。
こいつはそれをどう受け取ったのか、俺の身体をまさぐりながら、うっすら笑った。

「ふっ……ざけっんなっ」

気がついたら、俺は相手の腹を蹴り上げていた。
けど押さえつけられていたから、たいしたダメージは与えられなかったみたいだ。
薄明かりの中、男が逆上したのがわかった。

「…なにしやがる…!」

振り下ろされるナイフから逃れようと、腕で自分を庇う。ナイフが当たる衝撃は感じるけど、痛いのかもわからない。
ヤバイ   コロサレル…

その時、カランと目の前にナイフが落ちてきた。勢い余って落としたのか。
俺は夢中でナイフを握って後ろに下がると、男と対峙する形になった。
手がブルブル震える。
そんな俺を見て、男はニヤニヤした。

「そんな細っこい腕でどうするんだ」



ナイフをよこせとジリジリ寄ってくる。
頭の中が真っ白になった。
無我夢中でナイフを握ぎりしめて男に向かって足を踏み出した。