結局、俺の幼稚園最後の夏休みは8月の後半までお預けになった。
頭のキズはちょこっと縫われるし、鎖骨は折れて固められてるし。海も山もプールさえダメって言われてガックリ。

でも、それより何より。
大ショックなことがおきたんだ!!
かずくんのママによると、かずくんは俺がケガしたあたりの事、ほとんど覚えてないらしい。
え?えええ!?
ってことは、もしかしてあの誓いのチューも忘れちゃった?

かずくんはあの日、俺の頭から流れ出た血を見て、「まーくんが死んじゃう!」って狂ったように泣いたんだって。俺は気を失ってたから知らなかった。
それから泣いてないて、高い熱を出して何日も寝込んでたらしい。そう聞いて、俺も泣いちゃった。かずくん、ごめんね…。



今日はあの日以来初めて、かずくんがお見舞いに来てくれる。俺は朝からソワソワ落ち着かない。リビングと玄関を行ったり来たりして、ママに呆れられた。
お昼前にランチボックスを持ってかずくんがママとやって来た。久しぶりに見るかずくんは、いつにも増して可愛かった。
なにか言わなきゃと思うのに言葉が出ない。
棒立ちの俺のところに、かずくんは心配そうに寄ってきた。

「まーくん、階段から落ちたってほんと?」

やっぱり覚えてないんだ…。
じゃあ、チューしたことも?
あれは大事な約束なんだ。俺は確かめたくて言葉を探した。

「痛い?」
かずくんはそっと、俺の手に触れてきた。
小さく首を振って、俺は唾を飲み込んだ。
「あのさ、かずくん。あん時さ…」
「ん?」
きょとんと見上げてくる。
「あの、俺が階段から落ちた時さぁ」
言葉を探しながら、「俺、かずくんと…」と言いかけてふと気づく。
かずくんの茶色い瞳が俺をじっと見てる。見てるのに、どこか別の場所を見てるような不思議な感じ。と、俺の手に触れてたかずくんのちっちゃい手が震え始めた。
あっと思った時にはもう、全身ブルブル震わせて膝からくずおれそうになってた。慌てて支えようとして2人で転んでしまった。
「かずくん!!」
異変に気がついたママ達が飛んでくる。
なにが起こったのかよくわからないまま、俺は肩の痛みも忘れて、ただ呆然と座り込んでた。

かずくんはわりとすぐ元に戻ったけど、ランチボックスを置いて、ママにおんぶされて帰ってしまった。
ショックだった。
誓いのチュー忘れてることよりショックだ。
「よっぽど怖い想いしたのね。それだけかずくんに大事に想われてるって事よ」
ママはそう慰めてくれたけど。

ごめんね。ごめんね、かずくん。
もうあの日のこと、言わないから。

かずくんの冷たい指先を思い出して、俺は泣いた。