その日、年長組さんは歌の練習をしていた。
月末にあるお誕生日会の歌。俺は一番後ろの列で歌ってた。
ふと呼ばれたような気がして振り返ると、戸口のところにチラリと見えるペンギンのついたスモック。俺はそおっと後ろに下がって教室を出た。先生はオルガンを弾いてたし、みんなも大きな声で歌ってる。
戸口を出ると、やっぱりかずくんが立ってた。
スモックのすそを握りしめて、カンガルーのポッケみたいにしてる。
俺の顔を見ると、たちまち茶色の瞳が涙でいっぱいになった。なにか言おうとしたお口が震えてる。そのまま声を出さずにただ大粒の涙をポロポロこぼした。
俺は慌てて、隣の誰もいないホールに連れ込んだ。そこは大きな行事しか使わない教室で、半分カーテンがされてちょっと薄暗かった。
「どうしたの?」
ちょこんと座ったかずくんのカンガルーポッケを見る。そこにはバラバラになったクレヨンが、箱ごと入っていた。赤や黒のクレヨンが折れている。
「これ…!」
俺は言葉に詰まった。このクレヨン、今月のお誕生日にかずくんのお姉ちゃんが、お小遣いでプレゼントしてくれたものなんだ。
16色もあるのって嬉しそうに見せてくれたのを思い出す。そして、俺とかずくんが並んでる絵を描いてくれたんだ。俺、枕元に飾ってるよ。
俺はそっと潰れた箱を取りだして、クレヨンをできるだけキレイに並べてみた。黄色と緑色のがない。折れちゃったのも戻せない。
「だいじょうぶ!紙で巻いてあげるから」
そう言っても、かずくんはポロポロ泣き続けていて。声をこらえているのがかえってツラい。
握りしめて真っ赤になった手をやっとこさ開かせると、ついたクレヨンで汚れていた。
その時、小指についた赤いクレヨンの跡が、俺の目にとび込んできた。
頭の中にあの花嫁さんや、ママの言葉がよぎる。赤い糸…。
俺は両の手のひらでかずくんのほっぺたをつつんで、顔を上げさせた。そしてしっかり目を合わせて言った。
「かずくん、俺のお嫁さんになる?」
かずくんはじっと、俺の目に見入ってた。泣くのも忘れたみたいに。俺のぎゅっとなってた心臓が、今ごろバクバクして爆発しそう。
「うん」
頷いてくれた。
お返事してくれたちっちゃい口が、なにか言いたげに少し開く。
俺はそのかわいい口にそっと誓いのチューをした。涙の味がした。