予定外に2月下旬から忙しくなってしまい、ブログも放置…。

気が付いたら、留学開始(2008年3月1日)から5年がたってしまいました。ちょうど5年前はアパートへ引っ越しをしたころです。週末に初めてIKEAに行ったり、近所のショッピングモールに通いつめて生活用品を買い集めたり。英語がうまく通じなくてイライラしたり…。

当時のブログを読むと本当に懐かしいです。我ながら、なんでこんなにトラブルが多かったんだろう…と、今でも思います。でも、トラブル処理のほとんどを電話で対応したおかげで、英語に対する抵抗感がなくなったような気がします。はじめは、英語で電話するときは、何を言うかすべてメモを書いてからかけていましたが、トラブル発生時は、そんなことは言ってられないので、怒りの勢いで電話をかけていました。そういうときの方がなぜか英語が自然に口に出てくるんですよね。さすがに、金銭トラブルに巻き込まれて裁判を起こそうか、という話になったときは戸惑いましたが…。

つらいことも含めていろいろなことがあったけれど、今となってはすべて懐かしいです。ここ2年は、セントルイスにも行っていないので、また久しぶりに行く機会を作りたいと思っています。


納豆は、私にとって生きていくうえで欠かせない食べ物です。前にも書きましたが、もともと肉食でないので、アメリカ留学中は特に、大切なタンパク源でした。今でも納豆は欠かせません。味噌汁はもちろん、チャーハンやスパゲティ、オムレツに入れてもおいしいです。

でも、その納豆が…!!スーパーで売り切れ!!特に、ひきわり納豆が。。

嫌な予感はしていたんですが、やはり昨夜の「みんなの家庭の医学」で放送された「納豆が骨粗鬆症の予防・改善に効果あり!」の影響でしょうか。

納豆は、そのまま食べるより油と組み合わせた方がビタミンKの吸収率がいいそうです。さらに、普通の納豆と比べてひきわり納豆にはビタミンKが1.5倍も含まれているとか!それで、ひきわり納豆が売切れちゃったんでしょうか。

メディアの力ってすごいですね。
私は、基本的にお医者さんを尊敬しています。でも、すべての医者が尊敬に値する人ではないことを教えてくれた人がいます。それが、父にはじめて癌告知をしたN病院の先生でした。

それは、2001年6月のことでした。ずっと前立腺癌を疑われて、N病院に通っていたのですが、なんと腸閉塞を起こし、救急車で運ばれてしまいました。たまたま運ばれたのが、N病院ではなくY病院でした。Y病院入院中に、N病院の予約が入っていたので、母と私と妹で父の代わりにN病院に行きました。この日は、生体検査の結果が出る日で、もしかしたら癌告知されるかもしれない、、と朝からずっとドキドキしていました。

2時間待ってやっと呼ばれて診察室に入りました。

私 「先生、検査の結果はどうなんですか?」
先生 「うん、たぶんだね。だけど、Y病院に大腸癌で入院しちゃったからね~」

私 「Y病院では、大腸癌とは言われてないんですけど…」

先生 「どうしようかなぁ、、大腸癌だしな~。次の検査もできないな、大腸癌だから。」

私 「いえ、、あの、、まだ癌とは言われていないので、、、」

先生 「そんなのだよ。に決まってるよ。間違いない!

ハラワタが煮えくり返るというのはこういうことか、と思いながら、こんな押し問答が続きました。この問答中、先生の後ろに立っていた若い医師2人は、先生が何か言うたびに背筋がピクピクしていました。

そりゃ先生は、癌患者なんてごまんと見てるでしょう。でも、私たち家族にとっては一家の大黒柱が癌告知されるかどうかというのは一大事なんです!!それなのに、簡単に癌、癌って連発しないでください!!プンプンプンプンプンプン

と思わず言いそうになりましたが、言えませんでした。今、同じ状況に置かれたら絶対に言えるけれど、私もまだまだ若かったんですね~。にひひ

もうこんな先生と話しても仕方ないと思い、Y病院で頼まれた写真のコピーをお願いしてさっさと診察室を出てきました。出ようとしたとき、看護師さんにこんなことを言われました。

「写真のコピーには1時間ぐらいかかりますから、お昼でも食べて来てくださいね。」

次の瞬間、カーテンの向こうから怒鳴り声が!

先生 「そんなこといちいち患者に指示するな。患者が自分で判断すればいいことだ!」

この先生、日本の名医トップ○○なんかにもランキングされる有名な先生だったんですが、、、完璧に私の医師に対するイメージを壊してくれました。

もう二度とこんな病院に来るものか!と固く決心して、病院をあとにしました。

そうそう、Y病院での検査の結果、残念ながら大腸癌でした。一応、完治しましたが、ちょっと負けた気がしました。


昨日はとても素敵な誕生パーティができました。実は、8月に開催予定の同窓会の打ち合わせだったのですが、たまたま父の誕生日だったので、友人に無理言って父の行きつけのお店にして頂きました。

1次会では、大好物だった煮卵、カボチャの小豆煮、紫タマネギ入りのポテトサラダ、どて、などなどを用意していただきました。「父の指定席」に私が座って、乾杯。

旅の恥はかきすてないでモノにする!~日常生活編~

2次会も行きつけのスナックへ。ママさんもとても喜んでくださいました。私たちがお店に入ってしばらくして、突然、隣のテーブルにいた某社の会長さんに、「○○さん(父のこと)のお嬢さん?そっくりだからすぐわかったよ」と言われて握手を求められました。

こうやっていつまでも覚えていていただけることは、本当にありがたいことです。できれば、毎年恒例の行事にしたいところです。

2次会までつきあってくれた友人、I君とM君にも感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとう!

ちょうど1年前、2012年1月21日(土)は、父の会社の「新社長就任披露パーティ」の日でした。創業40周年を機に社長を退き、会長になりました。某ホテルで盛大にパーティをやったのですが、父はとても元気でした。翌22日は、父の誕生日でもあったので、多くの方からお祝いして頂き、本人も上機嫌でした。

一時期は、液体すら喉を通らないほど状態が悪かったのに、抗癌剤と放射線治療がよく効いて、ほとんどなんでも食べられるようになっていました。大好きなアルコールも飲んでいました。そして、吸わなくてもいいのにタバコも…ガーン

そんな元気な父の姿を目の前にしても、心の中では「誕生日はこれで最後だろう」と覚悟していました。もちろん、奇跡が起きることを願いつつ…。

妹も同じことを言っていますが、最近、何をするにもどこに行くにも、「前にここに来たときは、まだお父さん生きてたよね~」「前にこれを食べたときは、お父さん生きてたよね~」と、思ってもしょうがないことを思います。

でも、見方を変えれば、この前まで元気だったのに…というのは、亡くなる直前まで元気で過ごしていたということだと思います。それをありがたく思わなくてはいけないのかもしれません。

明日は父の誕生日なので、夜は父の行きつけのお店に遺影を持って行ってきます。