ご無沙汰しております。
ここ何日か、愛媛から、広島から、新潟から県内からetc
沢山の来客があり、なかなか時間がありませんでした。
さすがにぐったりで、昨夜は胸が張りすぎて微熱。
恐らく疲れから乳腺炎になりかけたのでしょう。
今日は久しぶりに、母子ふたりきりの一日です。
赤ちゃんのお世話大変でしょう?と
お見舞いに来てくれた人々に言われますが
正直、大人相手のほうが大変ですわ。
コメントへのお返事もまだなのですが
出産を控えた人たちもいらっしゃいますので
先に、出産レポートを書きたいと思います。
超長い記事になりますが、興味のある方はどうぞ。
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出産は、鼻の穴からスイカとよく言われますが
私はお尻の穴からスイカが正しいと思いました。
陣痛の痛みは辛かった。
だけど、それ以上にお尻にこみ上げる圧力を
分娩まで逃す事、ようはいきみ逃しですが
私にはこれが一番辛かった。
例えるならば・・・。
1週間続いた便秘が、下痢に急変。
トイレはこの先、まだ数十メートル。
どんなにお尻にきゅっと力を入れても我慢の限界!
どうしようっ!!もれちゃうっ!!いやーーーーーっ!!
みたいな感じでした(苦笑)
これに強いなんとも言い難い痛みが伴うのです。
羞恥心と痛みと不安と恐怖が入り混じり
この上なく辛かったです。
もちろん、分娩時の痛みも辛かったですよ。
会陰付近が、熱くはじけそうな強烈な痛み。
マッサージ頑張ったけど裂けちゃうなこれはと
とっさに思いましたが、赤ちゃんの頭が見えた
そう先生や助産師さんに言われた直後に痛みもピーク。
これだけの痛みならもうビリビリに裂けているだろう。
もうどうでもいい。とにかく無事に生みたい。
その一心でした。
(結局会陰部は擦り傷程度で済みました)
あ、だからと言って出産控える方々
身構える必要はないですよ。
だってね、あんな痛み、想像するだけ無駄です。
想像を超えるものなんだから。
だけどね、子供ともうすぐ会える。
そう思うと絶対に乗り越えられます。
だから、どんなに痛いんだろうって不安に思うより
赤ちゃんに会えるって楽しい気分で臨んだ方が
絶対にお得ですよ。
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さて、私の出産ですが・・・。
前日の日付が変わった頃から規則的な陣痛。
陣痛の合間に、階段の上り下りも頑張った。
そして、ついに夜病院に行くも
陣痛が弱いため、一旦帰宅。
そして夜中の3時ごろに猛烈な痛みが。
おしっこなのか破水なのかわからないけど
少し下着が湿っぽい。
6時ごろまで何とか耐え、病院に電話。
では来て下さいとの事で、病院へ向かいました。
7時半の内診で子宮口6センチ。破水あり。
そのまま入院となりました。
その後、モニターで陣痛をみてみるも
間隔は8分。強さもまぁまぁ程度。
これは夜だねと助産師さんの予想。
このまま個室に入って、体力を温存するも良し
階段上り下りでお産を早めるのも良し。
ま、とにかく昼ごはんを食べてから
どうするか考えようねと言われ
9時ごろに個室に入る。
夫婦でほっと一息つくのもつかの間
10時過ぎに突然強い痛みがやってきた。
今までとは比べ物にならない痛み。
もう赤ちゃんが出てきちゃうどうしようっ!
ってパニックになりそうになりました。
なんとか二人でいきみ逃しを試してみるも
今回ばかりは逃す事ができなかった。
夫がすぐにナースコール。
すぐに車椅子が現れ、そのまま分娩室へ直行。
術衣に着替え、点滴の準備や
モニターの準備などを行ってる間にも
何度か陣痛の波がやってくる。
10時45分、準備が終わりLDRに横になりました。
ここからが長かったです。
陣痛を見る限り、決して弱くないのですが
どうしても6分間隔より短くならないのです。
その間、ひたすらいきみ逃し。
陣痛と陣痛の間は、普通に話せるんです。
助産師さんと旦那とわいわい雑談しながら
陣痛が来ると、呼吸でなんとかいきみ逃し。
ついにお昼の時間となり、分娩室に昼食が。
この時点で、息子の心臓は相変わらず元気。
私も心身ともにしっかりしている。
助産師さんの決断は、昼ごはんをしっかり食べて
少し眠った後に、体を動かしてお産を早めるというもの。
なので、お昼ご飯もLDRの上でおいしく頂きました。
その後、さすがに丸二日眠っていないので
陣痛の合間の数分間を何度か眠りました。
随分頭がすっきりしました。
そして、1時半ごろからついに運動の時間。
モニターと点滴がついているので分娩室にて。
LDRから降り、その場で足踏みや腰回しなど。
さすがにスクワットは怖くてできませんでした。
強さは十分だけど、相変わらず陣痛は6分間隔。
立ったままのいきみ逃しの辛い事辛い事。
(私にとって、一番楽だったいきみ逃しの姿勢は
足を前に投げ出してすわり、お尻の穴の下にテニスボール
ベッド用の食事テーブルにつっぷす姿勢でした。)
実は、今回のお産に際しては
決して見苦しい乱れ方はしない、そう目標を持ってました。
なので、陣痛時もわめいたりもせずに耐えてましたが
立ったままでのいきみ逃しは、さすがに声が出ました。
陣痛の強さも、さらに強くなっていきます。
だんだん、体を動かすのも辛く立っているのがやっと。
立ったまま次の陣痛を待ち、いきみ逃しというのが続く。
2時45分。最後のいきみ逃しの時に
「もう頭が出ちゃうっ!」そう思った瞬間に
産道に今までにない重みが加わった。
助産師さんがすかさず内診。
「頑張ったわね、頭が触れるわよ。
陣痛も4分間隔になったし、いきもうか!
ミフィコさんの頑張りと体力なら大丈夫!」
そう言われて、LDRに戻ろうとするにも
産道に感じる息子の頭をつぶしちゃわないかと
がに股の不自然な歩きでLDRに近づき
なんとかよじのぼって横になる。
先ほどまでベッドだったLDRが助産師さんの手で
分娩台に早変わり。
とりあえず、モニターで陣痛と赤ちゃんを確認。
息子は長い戦いにもかかわらず元気いっぱい。
ちょうど息子の頭が栓になって、用水の流出もなく
たっぷりの羊水の中で元気だったようです。
陣痛も十分な強さ。間隔は4分と少し長いものの
なんとか分娩できるでしょうと。
そういうことでしたが・・・。
また間隔が6分間隔に戻ってしまいました。
しかし、陣痛はさらに強さを増してくる。
「よし、生もう!」
助産師さんが決断されました。
午前の診察を終えた先生もやってきた。
お腹を見て、目を開けたまま、声を出さずに
産道に力を入れる。
これが難しいんですよね。
どこをどうやっていきめば赤ちゃんが出るのか
私には初めての事でわからないのだから。
一度目のいきみがうまくいかず、次を待つ。
このとき3時でした。
二度目のいきみ、なんとかうまく行き頭が見える。
少しコツがつかめました。
ようは、うん○をする要領なんだなと自分で納得。
この頃にはもらしたらどうしようなんて気持ちも
どこかに吹っ飛んでしまっていました。
そして、次の陣痛を待つのですが・・・。
普通なら次の陣痛が、1,2分後に来るから
続いていきんで出産となるのですが
私の場合、次の陣痛が6分後。
この6分の間に、もう一度いきみ方を復習する。
3度目のいきみでようやく頭が少し出てきたらしい。
と同時に漫画のように目から火花が出ました。
(顔が鬼の様に真っ赤で心底心配した;夫談)
これは声を出してしまい、力が顔にかかった為らしい。
次の陣痛まであと6分。
産道が熱い。熱くて痛い。どうなっちゃうの?
だけど、頭が出てきたらしい。
次の陣痛でなんとか産み落としたい。
そう思い、なんとか気力を持ち直す。
そして、4度目のいきみで自分でも息子の頭が見えた。
私は声にならない声で「やっと会えたー!」
そう叫んだそうです。
実はここからこの子が出てくるまでの記憶がないのです。
出てきた瞬間から、私は泣きながら
「ありがとう」を連発していたそうです。
息子に、旦那に、先生に、助産師さんに。
ただひたすら、ありがとうを繰り返していたらしい(苦笑)
自分の涙にむせかえりながら、隣で涙する夫を見た。
呆然と私の横に立ち尽くしたまま息子を見つめ涙する夫。
気がつくと、沢山の助産師さんが立ち会ってくれていた。
「とてもきれいな肌の色よ、何も心配ないわよ!」
「お顔のはっきりした男前さんよ!」
「ママもパパもよく頑張ったわ!えらいわよ!」etc
大きな声で沢山のコトバをかけて頂き
ここから記憶が戻りました。
生まれてきた息子は小さくガリガリで
胎脂や血にまみれていた。
夫がへその緒を切ろうとしていた。
「きゃー、母と子の絆を切らないで~」
なんて冗談を言いながら、へその緒が切られるのを
見届けて起こしていた体を横にした。
「無事にこの子を産めた」
そう思った瞬間にまた涙が溢れた。
すぐに胸の上に息子がやってきた。
ピンク色の生まれたてほやほやのわが息子。
必死に私の胸にしがみついてきた。
カンガルーケア。
命の温かさを肌で感じながら幸せな時間。
とっても楽しみにしていたし幸せだったけど
息子の顔は自分からは見れないの。
頭のてっぺんを眺めるだけ。
それでも幸せでいっぱいだったけどね。
その後、息子の産後のケア(測定など)が始まり
息子としばし離れ離れに。
ミフィオが、「ありがとう、よく頑張ったね」
そう言って、頭をなでてくれた。
ミフィオに息子の顔を見せて欲しいとお願いし
カメラで撮ってもらった息子の顔を見た。
あ・・・。
間違いなくミフィオの子だと実感した。
パパそっくりの息子でした。
「受精卵の取り違えはないな」
なんて思った自分の余裕に、ひとりおかしくて笑った。
息子の泣き声を聞きながら安堵感に包まれていると
内診の結果、処女膜付近が二針分ほど切れてると。
「縫いますか?それともそのままにしますか?」と、
そもそも、処女膜付近がどこかもわかりませんが
まだ、私、意識がふらふらしていたのか
「私、処女にもどれるんですか?」と
なんとも恥ずかしい質問を先生に投げかけたそうです。
しかも、2回続けて(苦笑)
先生は苦笑いしながら、「縫っておきますね~」と。
その瞬間、めちゃめちゃ鈍い痛みが・・・。
「やっぱり痛いよね~。二針だから麻酔無しで
縫っちゃおうと思ったけど、やっぱり麻酔しようか」と。
二針縫うために、麻酔を一針刺すのをためらったらしい。
いえ、先生、最初から麻酔を打ってください。
そんなやりとりをしていたのですが
なんとなく私の足元があわただしくなってきた。
なんと胎盤が出てこないのです。
息子が処置のため新生児室に行くのと同時に
旦那を一旦部屋から出して後産の処置となりました。
お腹をぐいぐい押されてみても出てこない。
今までの痛みは息子と共に頑張れた。
しかし、今はひとりで戦わなければならず
「ぐわー」などといいながら耐える。
結局出てこず、1時間ほど様子を見ることに。
ここまで出産から30分。
そうここでブログの更新をしたのです。
分娩台の上、おまたを広げたまま
胎盤が出てくるのを待ちつつの出産報告でした。
結局、一時間半待っても出てこず
最後の手段という事で、先生が子宮の中に手をいれ
助産師さんにお腹をぐりぐり押されなんとか胎盤排出。
終わったあとにはもうぐったりでした。
そこから抗生物質の点滴があり2時間LDRに拘束。
やっと会えた息子は、遅れてきた私の両親と
私の親友、パパに次々と抱っこされていたそうで。
そう聞かされて、ふつふつと怒りが(苦笑)
「私だって抱きたーいっ!顔見たーいっ!!」
怒りってすごいパワーなんですね。
あんだけぐったりだったのに、力がみなぎってきた。
点滴が終わり、部屋に帰れることになったのですが
ようやくLDRから開放され、自分の足で立ってみて
それがすごく嬉しくて嬉しくて。
私、生きてるよ!って思ったというか。
なので、車椅子を準備してもらったのですが
歩きたいとお願いし、部屋まで歩いて帰りました。
ガラガラと点滴を押しながら(苦笑)
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これが私のお産でした。
普通に歩いて帰れたし、次の日からも元気いっぱい。
他のお母さん達のぐったり具合を見る限り
自分は安産だったとばかり思ってました。
そしたら、退院前の検診で外来の看護士さんたちに
「ミフィコさーん、もう本当によかったね、おめでとう
お産大変だったらしいねぇ」と口々に言われ・・・。
ここで初めて難産気味だった事を知りました。
受け取った母子手帳には
出血量も多に○があり1055mlと書かれています。
最後、退院の時には、助産師さんたちに
普通は6分間隔では自然で分娩させないよと。
本当によく赤ちゃんとパパとママ、3人で頑張ったねと。
それを聞いて、夫婦そろって血の気がひきました。
無事に親子3人で退院できた事を心から感謝しました。
そして・・・。
「ここまでパパとママが信頼しあった素敵なお産は
毎日お産を見守る私達でも、めったに見ることはないよ。
ママは体力づくりよくがんばったね。体重増やさず
でもきちんと食事も頑張ったんだろうね。
百点満点のママですよ。
お産中もここまで我慢強いママは初めてみたよ。
すましていられるのも今のうちなんて思ってたんだけど
最後まで凛々しく出産に向き合って感動しました。
そしてママが百点満点のママでいられたのは
間違いなくパパの協力のおかげですよ。
だからパパも百点満点。
本当に素敵なお産を見せてくれてありがとう。」
こんな事を言ってもらえて大号泣でした。
治療をふたりで頑張ってきた事が
お釣りが来るくらい報われた。そう感じた瞬間でした。
病院でお世話になった人たちへのお礼を済ませ
病院を出た瞬間、金木犀の香りに包まれた。
たった4日の間に季節が動いた。
新しい生活が始まったんだなと実感しました。
+++++++++++++++++++++++++++
生んだら痛みを忘れるなんて言いますが
私は絶対に忘れない(苦笑)
だけど、二人目も授かれるなら生みますよ!三人目だって!!
怖がる必要はナッシングです。
だって、待ちに待ったベビちゃんと会えるんですから。
これから出産を迎える皆さんの安産を心から応援します。
出産は一にも二にも体力です。
いいお産に向けて、毎日ベストな体調で過ごせるよう
どうかパパとベビちゃんと3人で頑張ってくださいね。