きょう、ごみを分別してて思ったんだけれども。

「燃えないごみ」というのが納得いかない。

なぜなら「燃えないごみ」に分別されるものでも、
もやそうと思えば燃えるからだ。

ポリ系のものなんて特にそう。
楽勝燃える。ヘタすりゃ紙より簡単に燃える。

燃やすとダイオキシンが出るとかそういう意味で、
燃やしてはいけない、というのはわかる。
わかるけどもめっちゃ燃えるのに燃えないごみというのは納得がいかない。

絶対、子どもとか勘違いする。
花火とかやってて、包装のビニールが偶然燃えたの見て、

「おかあさん!!燃えないごみなのに燃えたよ!!!!」

ってなって混乱する子ども続出してると思う。

だからもうそれなら「燃えないごみ」という区別じゃなく、
「燃やしてはいけないごみ」にすべきだと思う。
それならアホでもああこりゃ燃やしちゃいけないゴミだなってわかる。

ところでらぶたんのたんってなに?
深夜、何気なくテレビをつけていたら、
母親とはぐれたアザラシの赤ちゃんが映し出されていた。

流氷の上、母を呼ぶ必死な声が虚しく響く。
されど母は姿を現さない。

飢えに耐えかねたアザラシの赤ちゃんは、
他の母アザラシの元へ近寄っていく。
しかし、待っていたのは慈悲ではなく、
非常な「攻撃」だった。
アザラシの母は、自らの子以外は敵なのだ。

そうなると、
アザラシの赤ちゃんに待っている結末はひとつ。
死だ。
画面の向こうには、
母親探して必死に這いずり回った挙句、
動かなくなったアザラシの赤ちゃんの姿があった。

無情だが、それが自然の摂理なのだ。
死とは生と常に隣り合わせにある。
アザラシに限らず、
どんな生き物も一歩道を踏み違えれば、
そこには死が待っている。

そういう意味では、
生命保険はすごい。

親が死んでも生きられるのだから。
人類の英知。

もしアザラシの世界にも生命保険があったなら、と思う。
そうすれば、
あの赤ちゃんアザラシが母親とはぐれた瞬間、
スーツを着たアザラシがやってきて、
魚をどっさり置いていき、生きることが出来たかもしれないのに。





28日は姪の3歳の誕生日だった。

そんな姪と、昨日はじめて二人で風呂に入った。
きっかけは姪の一言「にーにーとお風呂に入りたい」。
どんなに母親が言っても、そう言って聞かなかった。

僕は子どもをお風呂に入れたことがない。
まだ独身だから当然なのだけれども、
そのせいで姪を泣かせかけてしまった。

シャンプーをする時、頭からシャワーをかけたのだ。

姪は泣きはしなかったが、ほぼ泣く手前くらいの表情を見せた。
いったいどうやって子どもはシャンプーするのだろう。
困り果てた僕は妹に聞いた。

「ひざの上に寝かせるんだよ」

はっとした。
記憶の奥深くにある、自分の小さいころを思い出したからだ。
そういえば、自分もそうやってシャンプーされていた―。

イスに座ると、姪は自分から僕のひざの上に寝転がり、そうして自ずと目を閉じた。
気持ちよさそうに静かにシャンプーされる姪の表情を見て、
愛くるしさとともに、よみがえる自分の幼き日々の記憶に不思議な気持ちを覚えた。


「3年前に子どもをすてた」

2008年に3歳だった長男を駅に置き去りにしたとして、
愛知県警がきょう、岐阜の風俗店店員の女を書類送検した。
女は昨年6月末、同署に「3年前に子どもを捨てた」と出頭してきたという。

3歳といえば、ちょうど姪と同じ年だ。

姪はもはや会話もでき、iphoneも立派に操作できる。
本も読みたがるし、いろいろな感情も表に出す。

そんな3歳の子が、大人の多数行き交う駅にひとり放置され、
どんな思いをしただろうか。

自分の目線は大人たちの足早に交錯する足しか移らないだろう。
夕暮れにもなり、帰宅ラッシュ。
本来なら母と夕ご飯を楽しみに帰宅するはずの時間に、
駅でひとり、知らない大人だらけの中、
もう誰も迎えにこない孤独を、その小さな体でどう感じただろうか。

僕が思うに、
この世の最もつらい事のひとつは、「親の愛を知らない」ことだ。

ディズニーランドに行っただとか、
オムライスを作ってもらっただとか、
誕生日におもちゃを贈ってもらっただとか、
そういうごく普通の親から与えられる類の思い出を、
一切得られず、友人たちの会話にも混じれず、
そうして大人になってしまえば、
どれだけお金を稼ごうが、努力しようが、もう一生得ることはできないのだ。


駅で孤独に打ちひしがれたであろう3歳児は、
その後通行人に保護され、里親に引き取られたという。

いま元気であれば6歳になる。
ピカピカのランドセルを背負って小学校に通う年だろう。

3歳児はバカではない。
会話もできるしiphoneも操作できる。
幼きころのシャンプーの思い出すら、30歳の今になっても思い出せる。

でも彼には、
3歳までの記憶など忘れてほしいと思う。
特に、駅で孤独に打ちひしがれた記憶だけは。

そして里親のもと、幸せな人生を送れていることを、切に願う。