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mienocar

日々のなんてこたぁない話しや

音楽の話しかな・・・

私のアイドルは奥田民生だった。

あれは小学校4年生の時だったか
イトーヨーカドーの中にある新星堂にて
カセットテープを一つ一つ引き出し
“何かいぃのないかなぁ~”なんて探してると
目に飛び込んで来たのが民生の顔だった。

一目惚れである目恋の矢

「大迷惑」が出る何年か前だから
テレビなんかにも殆ど出ていない頃だ。

次の日、カセットテープを学校に持って行き
「かっこよくねぇ~!この人かっこよくねぇ~!」
と友達に見せるも、当時みんなのアイドルは光ゲンジであり
誰にも相手にされなかったことをよく覚えている。

それからの私は全てが民生。
数少ない雑誌の記事を探しまくり
それを切り抜いては間がパカッと開く下敷きにはさみ
カラーの油性ペンでTAMIOドキドキとか書いてね
使っていたわけだ。

「大迷惑」が出る頃には何やら一気に売れ
竹下通りなんかに行くと下敷きやら、筆箱やら、ポスターなんかが
売り出され始め、私の部屋は床以外全て民生で埋め尽くされ
よく姉ちゃんに気持ち悪がられたもんだにひひ

今はどこへいってしまったのか
当時のミュージックビデオを見ると
ちょいちょい小中学生の私が映っているはずだチョキ

そんな時期が数年続き
私が中学生の時、民生が結婚した。

終わった・・・しょぼん

その年頃の自分のアイドルは
自分と結婚するものと思い込むものだ。
多分私だけではないだろぉ。

そして私の民生に対する熱は
ものの見事に一気に冷め
それからはテレビ等で見る意外
全く聴かなくなってしまった。

あれから20年近く経った数年前
私は、来日したスティーブジョーダンを見に
京都の磔磔に行った。

するとそこにはシークレットメンバーとして
民生が出てきたのである。
以前から一緒にやったりしてんのは知っていたが
まさかそこに出てくるとは全く想像していなかった。

そして、出てきたからと言って
私はスティーブさんを見る気満々でいたし
それほど気持ちの変化は無かった。


しかしである
ライブが始まり、演奏も3曲目位になった頃
何やら懐かしいドキドキから、また一瞬にして
やられてしまったのだ目恋の矢

かっこいぃ~のである。
ギターを弾いてるだけでも格好良かったのである。

民生熱が冷めてから10数年
私は色々な音楽を聴いてきた。
沢山の素晴らしいギタリストも見てきた。



それを経て

民生のギターを聴いたらば

かっこいぃ~のである。

わぉ叫び

そしてライブ中盤
民生がヴォーカルと代わり
自分の歌を数曲歌った。

最初「奥田民生」を見ていた私の目は
その頃になると「ドキドキアイドル奥田民生ドキドキ
を見る目に変わっていた。
とゆぅか
戻っていたラブラブ!

人生とゆぅのは本当に先が見えないものである得意げ

東京に帰って来てから
それまでに買ってなかったアルバムを
中古屋に行き買いあさり
それから数カ月間は民生漬けの日々を送った。

何だかんだ色々変化してるよぉで
そぉゆぅ感覚的なとこはあまり変わらないのかもしれないな。
などと思う今日この頃である。

そしてそして
子供の頃好きになった民生と、大好きな清志郎や
スティーブさんが一緒にいるのを見たりすると
“何やら、間違ってないな得意げ”(←私の人生)
とゆぅ気にもなる今日この頃なのである。
行ってきましたよ!ラフォーレ。

清志郎が書いた絵だけなのかと思っていたら
何やら有り難いことにグッズ売り場から始まり
清志郎が今まで着てた衣装、タイマーズのヘルメット
過去のポスター、ツアーTシャツ等色々あって
かなり見応えのあるものでした目

絵も最近の物だけではなく
今まで見たこと無いのも沢山あり
中には小学生の時のまでありましたよ。

んで、終盤にはジョーストラマーの時のよぉに
スクリーンにて過去の映像が流されており
何とも幸福な時間でしたニコニコ

期間中にあと何回行けるか
只今カレンダーと睨めっこ中でありますプンプン

清志郎が好きな方は絶対行くべし自転車
お近くでない方も時間をかけて行く価値ありかと。

本当に良かった目音譜

ちなみにグッズは
我が息子のTシャツと
ブーアのキーホルダーと
いぇ~い(遺影)を入れるのに良さそぉな写真立てと
それらを入れるのに、ちとちゃちぃトートバッグを買いましたチョキ

私には逃亡癖がある。
聞いたところによると始まりは3歳。
母が家事等をしてる隙に三輪車に乗って
毎日のよぉに消えてしまい
夕方になるとお巡りさんに保護されて
夕焼けを背に2人並んで帰ってくるとゆぅ光景を
母は今でもよく私に話してくる。

小学生にもなると範囲は広がり
2年生の時は、その時住んでいた三鷹から
所沢まで行ってしまったこともあった。
(電車でも1時間以上かかる。)

当時、私がその遊びにつけた名前は「まいごっこ」。
自らわざと迷子になるからだ。
知らない道を進むあの不安、心細さ、緊張感が
たまらないのであるニコニコ

いぃ大人になった今も変わらず「まいごっこ」を
続けてはいるものの、3歳の時からやってるもんだから
かなり道に詳しくなってしまい迷子にならない。
とゆぅのが最近の悩みの一つだった。

そこで
私は1人大阪に旅立つことを決めた。
「まいごっこ」in大阪
である。

期待に胸を膨らませ、深夜バスにて大阪へ。
翌朝あてもなくフラフラしつつ
荷物が重いので宿泊先を探し始めた。

たどり着いたのは釜ヶ崎にある
元は日雇い労働者専用の宿泊所で
今は海外からのバックパッカー等が多く滞在しており
値段も1泊2千円位なので
貧乏学生で賑わっている。

部屋は3帖程で、異常に小さいテーブル
小さい冷蔵庫、テレビ、エアコン、布団一式。

完璧である音譜

風呂はサウナ付の大浴場があるしね
簡単な物だが、朝食も付いている。
安すぎるくらいだ。

昼まで、受付で買ったカップ麺をすすりながら
ゆっくり過ごし、午後からレンタル自転車を借り
まず1日目は観光することにした。

釜ヶ崎を一周し、若干危険な目にあいつつ
次に飛田新地。
その周辺にある、懐かしい住宅街の写真を撮っていたら
あっとゆぅ間に夕方になってしまった。

お腹も空いてきたので新世界へ。

古くて汚い小さな串カツ屋に入った。
生まれて初めての串カツ。
テレビの情報によりちょいと緊張しながら
上手いこと1回でソースをつけることに集中し
おっちゃんと喋りつつ、ビールを5杯程飲み
お腹も膨れ、初の串カツにも大変満足し、部屋に戻った。

なんと充実した1日であっただろぉ。

2日目はいよいよ「まいごっこ」の開始である。

9時にロビーで配られる食パンとコーヒーを食し
10時頃、前日借りた自転車に乗り釜ヶ崎を出発した。

方向は気分次第。
分かれ道でどっちにしよぉか迷った時は、より人のいない方
普通こっちは選ばないだろぉ~と思う方に進む。
それが迷子への近道だ。

大阪には東京と違った異文化の混ざり合いがあると
以前誰かから聞いたことがある。

確かに自転車を走らせていると
韓国の人達が住む町、中国人の人達が住む町
沖縄の人達が住む町にはゴーヤが沢山垂れ下がっていたり。

東京にも色んな国の人がいるし、大久保に行けば
韓国料理屋がいっぱいあったりするし
六本木に行きゃ~そらエラいことになっているが
またそれとも違って、なんつぅ~か
昔からそこにはこの人達がいたんだろぉ~なって感じ。
生活の匂い?

わかりにくいか!?

私も通過しただけなので、あまりよくわからないから
その辺については今後調べてみたいと思う。

そして更にひと気のない方へ自転車を走らせると
大きな川にぶつかった。

どぉ~すっかなぁ~と見渡してみると
渡し船の乗り場を発見。
全く人がいないので、ちと不安になりながらも
15分くらい待っていたら向こう岸から船がやってきた。

自転車ごと乗り込み、お金を払おうとするとキョトンとされた。

そぉ、タダなのである。

“この時代にタダでこんな大きな川を渡らせてもらえるなんて目
と感動していると、学生が2人乗ってきた。
今も通勤通学等で使われているらしい。

船からの景色は最高だった。
昭和にタイムスリップした感じとでも言おぉうか。

船のオッチャンと話したところ
昔は渡し船も30カ所くらいあったが
今はだいぶ橋が架けられ、8カ所位に減ったと言っていた。

その日私は3カ所にて行ったり来たりしてみたよニコニコ

その後更に走っていると、カワイイ雑貨屋さんを見つけた。
友達にお土産を買い、東京から来たとゆぅことを店の人に伝えると
紅茶を入れてくれた音譜
それを飲みながら「まいごっこ」の話をしたり
私の普段の生活の話、仕事の話等色んな話しをした。

いつも思う事だが、旅をすると、より
出会いとゆぅのはホントに素晴らしいと感じさせられる。

別れ際「絶対mieちゃん好きだから行ってみな」と
ある場所を教えてもらい、私は向かった。

そこは映画「ブラックレイン」の撮影に使われた
製鉄所がある場所だった。

数年前「工場萌え」とゆぅ
DVDがちこっと話題になっていることを
テレビの情報番組で見た時は
“マニィ~な”
などと思っていたが
実際に見てみるとスゲェ~のだ!

とにかくデカイ!
どこもかしこもとにかくデカイ!
笑いが止まらなかったよ
デカすぎてラブラブ!

東京に帰ってきてからYouTubeで
「工場萌え」を少し見たけど
遠くからの映像ばかりだった。

でも私が行った大阪の製鉄所は
工場と工場の間を歩けるのだ目
そらもぉ~デカイよ。
遠くから見てもデカイのに
すぐ横歩けんだからあし

なんかデカイデカイしか言ってなくて
自分の表現力の無さにビックリするが
まぁ~ほんとデカイから
大阪に行った際は是非行ってみて下さいにひひ

そんな感動をしてるうち、気付けば夕暮れ。
帰りはすんなり行きたいので
本屋さんにて地図を買い、自分がいる場所を確認すると
どえらい遠くまで来ていた。
釜ヶ崎まで1時間半位かかったかな。

そして又
夕食を食べに新世界へ向かった。

この日の店は
新世界の外れにあるオカマのオッチャンがやってるお好み焼き屋。
カウンター席が5つ位しかない小さな店。

出てきたお好み焼きはなんとも微妙な味で
決してウマいとは言いがたいものだったが
お通しで出てきた漬け物が異常にウマかった。
漬物屋をやれば結構儲かるんじゃないかと思う。

その店の壁には、常連のお客さんや、芸能人
オッチャンの気に入った客の写真が貼られている。
私も何枚か撮られたので、今頃並んでるかな?
まぁ又大阪に行った際には確認しに行こぉと思う。

そんなこんなで私の「まいごっこ」in大阪は
とても収穫のあるものだった。

3日目は尼崎に嫁いだ友達に会い
夜まで遊び、また深夜バスに乗り込み東京に帰ってきた。

「まいごっこ」には、不安やドキドキの他、出会いや、発見がある
普段の生活に頭がキュ~っとなった時なんかにすると
何やら気持ちがリセット出来たり、力がモリモリ湧いてくるパンチ!

私だけかもしれないが・・・。

まぁ暇な日にでも思い出したらやってみては如何かとチョキ

何やらとても長くなってしまったわりにつまんねかったかなぁ~・・・

もっと一つ一つの出来事を詳しく書きたいもんだが
どんだけ長くなるかわからないのでやめておく。

まぁ細かいことはそのうちてきとぉ~に書くとしよぉ。
どんな危険にあったかとか。

そんな旅も子供が出来る前だから
もぉ2年前になるが、次はいつ行けるかな・・・。

息子よ!
大きくなぁ~れ!