突然、病になり松葉杖無しでは歩くことも出来なくなった人がいます

それまでは家事も育児も仕事もこなし趣味のカルチャークラブにも出掛け、充実した時間が当たり前に続いていました


ある日痛みと共に歩くことが困難になり座ることも長い時間は苦痛にしかならず毎日が憂鬱なものとなりました

初めてその人とお会いして挨拶を交わすと、初対面なのにその人は出来なくなったことを並べては家族への詫びと無念を訴えてきます、家族に迷惑な重荷になってしまった我が身をどうしたらいいのかと悔しがります


多分、誰しもそんな立場になったらそのような感情に縛られてしまうのでしょうが…


思うんです、家族って互いに助け合い、慈しむ気持ちが有るから家族になれたと
他人が嫁に来て、他人だからこそ大切な家族になろうと相手を思い、愛し、慈しみ、共に暮らすことで痛みを分かち合うことの大切さを知るのです



満足に動けなくても、心が貧しくならなければ家族は何もかわりません

動けなくても出来ること

それは助けてくれることへの感謝を言葉にすることです


家族だから当たり前だと家族は思います

しかし、当の本人は当たり前だと思っては行けません
家族だからこそ助けてくれる、家族だからこそ支えてくれる、当たり前にそばにいてくれる

全て…感謝です


動けなくても出来る事



人として人らしく生きている毎日に感謝してください

それだけで人は人らしく生きていけます。