母が天国へ旅立ちました。
突然でした。
特養に入所している母は86歳
認知症で要介護3だけど、歩けるし自分で食事も取れます。
オムツは履いてるけど、自分でトイレにも行けるので失敗は無かったのです。
今年に入りインフルエンザになってしまい、5日間面会も出来ないと施設から連絡が来ました。
待機期間終了の日に、もう6度9分だけど、もう2日面会は待って下さいと連絡が再度ありました。
その時に、食事はちゃんと食べれているし職員が部屋に入った時はいろいろ楽しくお話し出来ているので大丈夫ですよと報告受けていました。
その報告があった日の夜11時過ぎに私の携帯に施設から電話がありました。
こんな時間に電話なんて絶対なんかあったやん
と思い電話に出ました。
お母さんなんですが、呼吸が浅くなってるので、救急車を呼んでAEDと心臓マッサージ続けています。
救急車はまだ来てないので、どの病院に運ぶか分かったらまた連絡しますので、来てもらう準備していて下さい。
と言われました。
呼吸が浅いって、心臓止まってるんと違うん?
と疑問が残りましたが、すぐに妹に連絡しました。
旦那さんはこんな時に限って来客接待でまだ帰宅していませんでした。
施設から運ばれる病院が分かったと連絡が入りました。
妹に搬送先の病院を伝えて、出掛ける準備をしていると、携帯に登録していない電話番号からの電話。
こんな時間のこんな時だから電話に出ました。
搬送された病院の先生からでした。
施設からだと1時間近く処置をしていますが、これ以上体に負担のある注射や点滴をしてもお母さんかわいそうなので、延命措置をやめてもいいですかと言われました。
えっ!・・・
はい、わかりました。
ありがとうございました。
と言うしかないですよね。
電話を切るとすぐに旦那さん帰宅。
旦那さんは飲酒しているので私が運転して病院へ。
少し手が震えながらハンドルを握って、なんとか病院へ到着。
妹はもう病院に着いていたので、私が到着したらICUへ通されました。
最後の死亡確認して、日にちと時間を言われました。
母の身体はまだ温かく寝ているだけのように見えました。
心筋梗塞との事でしたが苦しんで無いと思います。
実際穏やかな顔をしていたし、寝ているような顔でした。
母はもともと、心臓が悪く一番恐れていた事態でした。
施設で心臓が止まっているので、警察の方が来ていました。
まず施設での現場確認や聞き取りを終えたら病院に来て、母の身体を確認するとの事で、待っていました。
施設から一緒に救急車に乗って来て下さった施設の方が、
◯◯さんは(母の名前)アイドルでした。
動けない人の手助けをしたり、食器を運んだりコップを洗ったり、いつもニコニコ笑顔でいろんな人に声を掛けて皆んなのアイドルでしたよ。
と言って頂けました。
明日から皆んなが◯◯さんがいない事で、ショックを受けるのが心配です。と
インフルで部屋待機なのに、大丈夫かーと入れ替わり母の部屋のドアを開けて覗いていたそうです。
母は皆んなに愛されていた事が嬉しくてまた誇りに思いました。
施設の方は警察官に呼ばれ、私の所にも警察の方が聞き取りに来られました。
警察が母の身体を確認したので、エンゼルケアをしていただき、また母の所に行けたのは死亡確認から2時間経過していました。
母の身体は先程よりは冷たくなっていましたが、声を掛けたら「ああ、来てくれたん」と言い出しそうでした。
それから寝台車呼んで下さいと病院から言われ、寝台車と葬儀場のリストを頂いて連絡。
午前5時頃に葬儀場に到着。
葬儀の打ち合わせなんですが、噂には聞いていましたが、
火葬場がいっぱいで火葬できるのが1週間後しか空いていないと。
母が亡くなって1週間後、喪主は長女の私が務め、無事お見送りができました。
昨日、スーパーに買い物に行ったら、無意識に母の好きな差し入れのおやつを探している自分に気付き、
あっ!もういらないんや
と悲しくなりました。
しばらくこんな事が続くでしょうね。
母の認知症診断から約6年、何が正解で何がいけなかったのか結局わかっていませんが、私ができる事は精一杯やってきたつもりです。
後悔がないかと言えば、それはあります。
たとえどんなに頑張ったとしても、結局後悔は残るものだと思うから。
長々と綴ってしまいました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。