うつ病ぼちぼち日記② -38ページ目

うつ病ぼちぼち日記②

2013年5月にうつ病と診断され発症から現在も未だ通院中。12年程勤めた会社を2019年11月に退職。
うつ病の辛さや共感してもらえるここ(ブログ)で日々の出来事から喜怒哀楽の感情、くだらない話しもさせてもらってます♪✮アラカンばばぁの呟き✮

こんにちは照れ

今日は強風、冷たい風

いつ降るかわかんない空模様…。

こりゃ洗濯物外に干せないなガーン

少し体調復活しました⤴️


ブログのタイトルの内容を書きます。

今、ここに自分が存在しているのは

ご先祖さまから繋がった命を

与えてもらって

この世に生まれ

今に至るまでたくさんの経験を

してきました。

楽しいときも幸せなときも

もちろんあった。

でも、苦しい時期も哀しい時期も

悩みは尽きず

自暴自棄になるときも

確かにあった。

だけどね

歳を重ねていくうちに

全ては人間に必要な課題なんだと

受け入れられるようになって

それが今後何かの役に立つかもしれない

人生の修行なんだと思うと

マイナス思考から少しづつ

抜け出せるようになった。

どんな出来事も

ちゃんと意味のあることで

後からじわじわと実感するんだよね。


私がまだ独身だった頃

母が怪我して入院中

父と私の生活の中で

ちょっとしたいざこざがあり、

父には言えない悔しさを

入院中の母にぶつけてしまったタラー


「なんで私を産んだんよ!」

絶対言ってはいけない言葉を
ぶつけてしまった。

後から父から聞いた
【(母は)病院のベットの中で泣きよったぞ】

あの時の母の悲しみを想像したら
私の胸が張り裂けそうなほど苦しい。

今になって思う。

なんてことを言ってしまったんだ!!


もぉ、謝ることすらできない
手をとって
「本当にごめんね」
って伝えることできない。

亡くなったあとで

後悔というものが大きくなると

身を持って感じました。

だから、私があの世へ行った時は

真っ先に

母の元へ行き

「ごめんなさい」と言います。

大好きな母。

私はもしも生まれ変わるなら

母になりたい照れ


父も厳格で気難しく
逆らえないほどの圧を感じながら
育てられた私。
そして姉たち。


でも

今思えば、全ては
私達娘が将来全うに
常識的判断できることを願っての

あえて厳しい言動だったのかもしれません。


今、私がここに居る意味。

ご先祖さまから繋がり

父と母の元に生まれ

いろんな事は数え切れないほど

たくさんあったけれど

その中でも学んだことを

私が生きているうちに

息子たちへ伝えられる事ができれば…。


大切な人が亡くなり

私自身がその人の生きた年代と

同じ歳になったとき

やっとその人の言葉や行動が

理解できるようになり

そして、改めて感謝にかわる。


だから、歳を重ねることは悪くない

ただ、振り返ってみて

伝えたい人にちゃんと

言葉を残しているのか?


それが気がかり。



私はお出かけ大好き音符

ドライブ大好き車DASH!

今はコロナで出かけられないけど

1人でお出かけするときは

「ご先祖さま、お父さん、お母さん、姉ちゃん、〇〇←彼氏、みんな揃ってる?
乗ってる?じゃ行くよ〰♪」

って独り言言いながら

運転して車走らせてます🤣

みんな生きていれば

連れて行ってあげたい所がたくさん
あるから口笛


いつも、みんな揃って
私のお出かけについてきて
楽しんでくれてると
感じてますから笑い

↑↑↑

怖いこと言うな〜って思うってる人
いるかもしれないけど

ちっとも怖くなんかないからね笑い泣き

だって

大切な人が
側に居て見守ってくれてると
考えたら

幸せやんラブラブラブラブ



まぁ、私の経験からして

言いたかったことは

どんな人でも

ご先祖があり

両親が居たから

今の自分が存在していること。

憎しみもあってもいい

ただ、自分の命があるうちに

全てを許して

感謝できる気持ちを取り戻せたら


それだけで

随分と体も心も軽くなるんじゃないかな!?


という

私の思いを綴らせて頂きました♡



長々と

最後までご覧頂き

ありがとうございました🙇


んじゃ。またねバイバイ