外国人観光客が闊歩しているロシア・モスクワの赤の広場。社会主義国家・ソ連の象徴でした。
大統領府のあるクレムリンと、欧州のブティックやブランドスーパーが入居する高級百貨店「グム百貨店」の巨大な横長の建物があります。
ソ連時代、国営だったグム百貨店は、物資を買うために全国から国民が押し寄せた場所でした。
■ハイパーインフレが発生
しかし、そんな粗末なものですら、手に入ればラッキーという時代が長らく続きました。
「昔はおカネがあってもモノがなかった。今はモノがあってもおカネが足りないんだけど」
モスクワっ子のAさんは言います。
子ども時代、両親に連れられて行ったグム百貨店で売っている洋服の色は「ねずみ色」ばかり。
パンや牛乳を買うのに2時間待つというのも当たり前でした。
当時の携帯必需品は「袋」。
街を歩いていて、どこかに行列を発見すると、何を売っているのかわからなくても、とにかく並んだのだといいます。
市民の多くは、郊外にダーチャと呼ばれる掘っ立て小屋と畑を持ち、春から夏にかけて野菜を作って冬に備えました。
ソ連崩壊後も混乱は続きます。モノ不足は徐々に解消されていきましたが、急激な価格自由化がたたってハイパーインフレが発生。
1992年のインフレ率は2500%に達しました。
■アジア通貨危機と財政赤字
納税という概念のない社会主義国家だったため、誰もまともに税金を払わなかったのです。
1997年、タイで起きたバーツ暴落が発端でアジア通貨危機が勃発。
あおりを受けたロシアも1998年に通貨危機が発生し、ルーブルは対ドルで4分の1にまで切り下げられました。
同時に多くの銀行が破綻し、預金を取り戻せなかった国民が続出しました。
このときに徹底して植え付けられた銀行への不信感は、まだ払拭されてはおらず、「国営銀行以外は絶対に信用できない」と話すロシア人は多くいます。
2007年までは、外資系企業でも、現金での給与支払いが当たり前だったのです。
伊藤真哉(三重ヒューマン)