2026.3.14
「揜抬揜撸神社 奥の院」と「中国観音霊場」
1人旅日帰り編
私は、YouTubeで旅先をさがすのが大好き。
最近「サムハラ神社奥の院」がよく流れてくる。
気になる。呼ばれないと行けない神社。
御祭神は古事記ではじまりの3柱の神様。
会いたいな!!
よし!行こう!
ネットで調べるとホームページに↓
「最寄駅から遠いですので、お車にてご参拝されるのが良いと存じます。また、神職は在中しておりません。予めご了承ください。」とある。
ふむふむ、電車では行きずらいのかな?地図で見ると山の中にあるのかな?よくわからないので今回は車で行く事にする。
住 所:岡山県津山市加茂町中原900-3
カーナビで上記住所が設定できない場合は、金刀比羅神社の横に御鎮座されていますので、 「岡山県津山市加茂町中原899」で設定してください。
*ご注意*インターネット上に出ている住所を入力されると、津川ダムに設定される場合がございますので、お気をつけください。
ふむふむ。わかった!!
出発だ!
広島を、朝の7時に出発!
津山まで3時間位とあるのだけど・・・
10:30頃
行くための橋が工事中だったので看板に従い少し回り道をして付近に到着!
軽く迷子になったのだけど、
発見!
進む。
到着!
車をとめて、すすむ。
階段を登る。何段だったのだろう?
そんなにびっくりする感じではなかったのだけど登った。
まずは金比羅山をお参りする。
発見!!
会いたかった。日差しも出てきて迎えてくださってるのかな?
お参りする。
展望台もあるらしく金比羅山から、サムハラ神社の反対は進む。
おー!すご!
高所恐怖症なので行かない。
上に行くと景色最高!!
遠くの山は雪が降っていた。
下に降りて
サムハラ神社で1人でもう一度ゆっくりお参りをする。
お参りのしかたがわからんのでネットで調べると 不思議なお参り方法が出てきたので、やってみよう!
誰もいないので1人でコッソリ!!
ネット情報なので合ってるのかわからないのだけど。まー気は心かな!
間違ってたら、神様笑ってやって下さい。
ネットで調べていると昔の神社のあった場所で最強パワースポットがあるって!!
場所がよくわからなかったのだけど展望台に登り口に気になる綺麗な道があった。
行ってみよう!
整備されていて気持ちの良い道。
導かれてるのかな?って感じを受けて道を進む。
やはりここだ。
発見!
お参りをする。
この「サムハラ神社 奥の院」はとても気持ちの良い場所で沢山の人の手によって守られているのだなと感じた。
ここは行ってよかった。
岡山に行くのなら、
始めるかな!「中国観音霊場」の旅。
20年くらい前に手に入れた冊子と今年手に入れた納経帳を持ってきた。
津山にいくなら4番目「木山寺」のお寺に行くかな?
本当は「木山寺」⇨「サムハラ神社」⇨「誕生寺」がルート的には最高だったのだけど、絶対に行きたかった「サムハラ神社」から進んだのでルート的には効率がわるいのだけど、絶対の場所から行けたので私的には最高なルート!!
「誕生寺」は津山線で「誕生駅」が通っているのででいつか鉄道で行くかな!!楽しみが増えた。
1時間近くかかる予定。
移動する。
山の上。
当山は高野山真言宗別格本山感神院木山寺と称し、往古は木山宮として尊信され、弘仁六年(八一五)弘法大師空海の開基と伝えられる。
仁寿年間(九世紀中項)文徳天皇の勅願寺となり、降って應永十八年赤松義則が一を寺領として寄進し以来毛利、守喜多、小早川等戦国武将や、江戸時代は森、三浦の近隣大名の尊信を集めた。
御本尊は薬師瑠>光如来、十一面観音菩薩である鎮守神には木山牛頭天王と善覚稲荷大明神を祀る。木山牛頭天王は薬師如来の化身で左
手に霜索、右手に斧を持たれ除災拓福の大願を成就される。
善覚稲荷大明神は十一面観音の化身で左手に宝珠、右手に利剣を持たれ商売繁昌、五穀豊饒、開願成就、交通安全の願いを叶えられ、広く中国各地で崇敬帰依されている。
↑と看板にある。
ここは神仏融合のお寺だ。
明治時代の前の昔の風景で素敵すぎる。
日本人は、知らずに神道と仏教を自然に生活の中で信仰しているのに「無宗教」と感じてる。かつて私も何も考えて無く自分は無宗教だと信じていた。
誰かに強制されることもない日本人の宗教感が心地良い。
ここは真言宗なので、大師堂もありお参りする。
次は1番の「西大寺」にいく。
↑アイホンの地図より
到着。
裸祭りのお寺。初めて来た。
ここで人がひしめき合ってるのか!!
本堂の黄色◎↓から護神木が投入される。
次に2番のお寺「上寺山 餘慶寺」へ移動。
小高い場所にあり景色もよく素敵な場所。
上寺山 餘慶寺
ご本尊千手観音菩薩(東向き観音)
宗旨 天台宗
上寺山餘慶寺は天平勝宝元(七四九)年に報恩大師によって開山され以来一二五〇年以上の法統継承が続いている。
餘慶寺は往古には日待山日輪寺と称し、備前四十八ヶ寺のひとつとして栄えた。平安時代には慈覚大師が再興し本覚寺と改めた。その後、近衛天皇の勅願所となり上寺山鈴慶寺と改め、国家の安泰と五穀豊穣を祈願した。戦国時代には赤松氏、浦上氏、宇喜多氏の信仰を得て、さらには池田藩主の尊崇と保護を得ておおいに栄えた。
山内には観音堂、薬師堂、阿弥陀堂(納骨堂)、三重塔、地蔵堂、鐘楼、八角堂(開山堂)、日吉社、愛宕社などの伽藍が軒を連ねる。
本堂は観音堂で、祀られている千手観音菩薩は古くより「東向き観音」と名高く、多くの霊験をあらわしてきた。
かつては七院十三坊といわれた塔頭は、恵売院、本乗院、吉祥院、
定光院、明王院、国乗院の六院が現存している。
これらの塔頭の多さは中国地方でもあまり他に例を見ない。
さらに山内は豊原北島神社とも隣接し、平安時代より発展した神仏習合の姿を遺存している。
↑看板より
今後が楽しみだ。




























