ネット掲載のある記事…
ブダペスト(ハンガリー)の地下鉄乗車に際してのちょっとしたトラブルが掲載されていた
ブダペストの地下鉄駅には改札口がない…
切符は購入し手にしていたが、使用済とする為の刻印漏れ(自動改札機がない時代、改札口にて厚紙切符を駅員さん渡し、パチリと切符に切込を入れてもらうものと同じ感じ…、尤もその姿を知る人もかなり少ないが…)が指摘され、多額の反則金を納めることになったという内容である
そう…
以前、私もそのブダペストの地下鉄に乗車する機会がありその仕組みを聞いていたが…
さて実際に地下鉄の切符を購入し、駅構内に設置されている刻印をつける機械を見つけパチリとした上でプラットホームに向かうエスカレーターを降りたところで巡回の駅員に足を止められた
あぁチェックねと尽かさずその使用済とした切符を見せたものの明らかにジッと疑いの目つき…
暫しその鋭い目つきに「エッ?」という感じであったが暫くして漸く解放されたという経験あり…
背筋ヒヤリ…
あの時はドナウ川に沿った道路の下にある地下鉄を利用…
その時の切符とプラットホーム…
思い起こせば、1980年代のミュンヘンの地下鉄も同じような仕組みであった
あの時は、その3週間前、イギリスで親しくなったハーゲン君に教えてもらいやばい状況にはならなかったが、まさにところ変わればなんとやら…
という感じ…
左側がハーゲン君…
右手の女性はバーバラ嬢(チューリッヒにお住まい)
私の左手の彼は…
偶々一緒に写真を撮る時そこにいただけ?
いゃ幾度か話をした記憶はあるが誰かは忘れた😅
写真は1982年10月、イギリス・ボーンマスにて撮影したもの
私もまだ30際の少し手前…
さてさて…
先日は地元の屋台巡行に参加する為、その前日、生息地・大阪から原産地・長野市に向かった
一時期は🚗での帰省が多かったが最近専らJR利用である
免許返納はしていないがやはり長時間の運転は…
新大阪から名古屋までは最近乗り慣れている?新幹線🚅…
名古屋からは「特急しなの」に乗り3時間の旅である
名古屋からは暫しぼんやりと流れゆく車窓からの姿を見ているのみ
やがて列車が木曽路に入ったあたりからその「ぼんやり」から「意識して車窓から見える景色を追いかける」ようになる
やはりふるさと・長野の景色は懐かしくまた美しい…
木曽路に入りまずは「寝覚の床」…
流れる川の色もなんとも言えない美しさ…
やがて分水嶺を境にしての姿…
それまで南に向き流れていた川の流れがトンネルを抜けると北向きに変わる
そして塩尻から松本…
やがて安曇野に入る
残雪深きアルプスの
裾に広がる紫紅色
れんげの香り髪に靡かせ
君行く道は春の訪れ…
安曇野には様々な思い出がある
上高地からの梓川の流れが幾たびかの合流を経て犀川となり安曇野の里を流れるその犀川に沿うように続く道は国道19号線
幾度この景色のなかを走ったことか…
ふと上高地に向かう新島々駅前で見た櫻も懐かしく思いだす
あれは4月下旬のこと
また脳裏に流れるメロディは「早春賦」…
春は名のみの風の寒さや
谷の鶯歌は思えど
時にあらずと声もたてず
時にあらずと声もたてず
小学6年生に進級する直前であったが、人生初めてのテレビ出演??
長野少年少女合唱隊の選抜メンバーにてローカル局のスタジオでの生放送番組で歌ったのがこの「早春賦」である…
この詩はまさに春まだ寒さ厳しい安曇野の春を歌ったもの…
列車(特急しなの)は姨捨山からの千曲川の流れに沿うように広がる善光寺平の姿を乗客の目に焼き付けながら山を下り…
やがて水芭蕉の群生地・鬼無里から流れる裾花川を渡り長野駅へと到着する
私が生まれた頃の国鉄長野駅…
あの屋根は善光寺を模したものと聞いている
ふるさとは遠きにありて思ふもの…
室生犀星の詩集「抒情小曲集」のなかに収められいる詩「小景異情そのニ」の冒頭の一節である
先に記した裾花川の流れにも近い高校を卒業し、大阪に本店があるN社に入社
偶さか5年間の長野支社勤務から本店がある大阪に移り半世紀…
まさかの半世紀…
先日の地元町内会同世代の彼ら彼女らとの語らい、そして改めて目に映るふるさとの姿に強い思いを感じのはまさかの半世紀が創り出した私の心情かとも感じさせた今回の帰省であったと思う…




