退院して、おかんが約1ヶ月手伝いでいてくれることになっていたから家事やリーヤのことはほぼ全部してもらった。

おかんと話したこと、皆で一緒に育てていくこと、リーヤへの負担の軽減を考えてもう1人産むことを話した。でも簡単にもう1人、なんて言うけど、今は妊娠することがとても怖い。


旦那と退院したその日に話しをした。
話しが終わると自然と私は号泣。
でももう決めたんだ、めり葵がダウン症だから泣くのはこれで最後って。

そう決めると自分でもびっくりするほど気持ちが楽になり泣くことも無くなった。


それでも毎日我が子がダウン症じゃなければいいなーと思う日々。

1週間経ち、労災病院へ。

耳の検査、目の検査、採血、触診。

耳はやはり右が反応なくて分からず、目は大丈夫とのこと。
触診の感じ、筋力の無さ、顔付きなど統合的にダウン症の可能性が極めて高い、とのこと。検査の結果は1ヶ月後。


ドキドキはないけど、1ヶ月間ほんの小さい希望の火を胸に秘めてた私。


その後、耳の精密検査、心臓、お腹など各臓器の検査を受けた。
ダウン症児は免疫力が極めて少ない為、正常の子が母乳で半年免疫があるって言われてもめりちゃんは関係無いので、とにかく風邪だけは絶対ひかせないで、と念を押された。自動的に里哉も風邪をひかせちゃいけない、ということ。風邪をひいてしまうと治りにくいのはもちろん、合併症を、起こす可能性がとても高いから。

そんな注意をしながら、検査の結果はどれも異常無しで安心。ただ膵臓?か肝臓?の癌になりやすいらしい。。。


1ヶ月が経ち染色体検査の結果。

もう結果を言われる前に資料を見てしまって撃沈。
21トリソミーを認めます、とのこと。

先生は、
『個性として見て下さい。
程度によりますが、症状が軽い子は大学に行ってる子もいます。成長は周りの子よりやっぱり遅いです。歩くのは3歳の子とかもいます。首が据わるのも時間がかかると思います。』

3歳って…
って愕然となりながらも、頑張るしかないなと。



めり葵が私達の元に産まれてきてくれたこと、それを感謝しなければいけない。
この子は本当に親思いの子で産まれてくる日もおかんがちょうど来れる日にしてくれるし、夜はぐっすり寝てくれる。おっぱいも上手に飲んで平均ぐらい大きくなってくれるし、なんせニコニコしてくれる。


正直まだ小さいからあまり壁にぶち当たってないけど、これから成長するにつれて色んな壁にぶち当たり、やっぱり里哉がいじめられないか、とか、めり葵自身がいじめられないか、とか、お金もやっぱり色々かかるだろうし、周りの目も気になるだろうし、と、心配だらけだけど、そんなのなってみないとどーしよーもない。
って思えるようになった。


ブログを書いておきながらも本音は…
私がめり葵を産んで、めり葵がダウン症という話しをして面白おかしく噂されることが怖い。
子ども産むのが怖くなったと思わせてしまうことが悲しい。

まだまだ人間出来てないから全ては受け入れられない。だからこそ支えてくれる家族や友達を大切にしなければいけないと思った。

認めたくない、知られたくない、そんな思いがあって今まで伏せてきたけど、それはめり葵を否定することになるから、ブログに記録しました。

これから家族4人、明るく元気に頑張っていきます。頑張るってのは表現としておかしいかもだけど。
暖かく見守っていただければ、と思います。




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おぎゃー、と誕生したものの、喜びの時間は正直2時間半でした。

産まれてすぐ、
『副耳があるからこれは検査してもらおうね』

はい、って言ったものの、なーんにも気にせず。
でも、産まれてから2時間分娩台で休憩中横で抱いてると、何度も『ピコーンピコーン』って呼吸が安定してないのか、指に付けてるセンサーが鳴る鳴る。
それも最初気にしてなかったけど、次第に不安になってく。
顔をはっきりは見れない体制だけど、なんか違うなーって。

で、母子同室やから一緒に戻るはずが私だけが戻り、待つ待つ待つ。
1時間後ぐらいにご対面ー。
助産師さんは、呼吸がヒーヒー言ってたから様子見たけど大丈夫そう、と言われた。

やっとしっかり顔見れたー!

ん?違う。
普通じゃない。

……何度も何度も確認。

…やっぱり違う。。

と、思いながらトイレ行ってる間に小児科の先生が来てたようで、その時は何も話さずまた来るとのこと。待つ。

トントン。

労災病院の先生とご対面ー。

副耳は改めて検査します。
って内容の話しをされ、併せて他の検査もします。と。

『ダウン症の検査ですか?』

って思わず聞いたら、
『よくご存知ですね、副耳はダウン症の子に多いんです。でも新生児に多いので生まれたてで分からないので1週間後に来て下さい。』

…

旦那とおとんはあたしの発言に驚いてた。

なんでそんなこと聞くの?ってちょっとキレられたり。

副耳が多いなんて知らないけど、保育科なもんで、障害について勉強するし、ダウン症の小さい子とも触れ合ってればやっぱり気付くよーと。

で、段々そうとしか思えなくなり、不安が確信になっていく。

そうなるととりあえず嬉しいなんて気持ちは無くなった。


なんで私なんだろう。
なんで私なんだろう。
私のせいで。

正直勉強したけど、何でダウン症が産まれるかなんて覚えてなかった。
旦那はそれから必死でネットで調べだした。

私はほんの少しの希望を持ちたくて、現実を見たくなくて調べることを避けていた。

ダウン症とは23個ある染色体の21番目に異常があり通常2体あるのに3体になっていること。21トリソミーという。
染色体は数字が若いほど重要な部分に関係してきて、細胞分裂が上手くいかず生じる。原因は不明。

そう。誰のせいでもない。

だから逆にやり場がなかった。

染色体異常の場合8割がた流産する。1000分の1の確率。
でも産まれてきた。
ううん、産まれてきてくれたんだね。

この小さな命と向き合うまで時間はかかるなーと。

旦那は女の子を望んでて、念願の女の子!って喜んでた。
でも正常な女の子を産んであげられなかった、めり葵ちゃんをダウン症にしてしまった。まだまだ偏見してしまう自分もどーしよーもなかった。

入院中は1人になると涙が止まらなかった。

他の部屋の赤ちゃんは元気に夜中も、泣いてた。夜泣きが初めて羨ましいと思った。

うちの子は泣かない。それが本当に辛かった。

ダウン症の赤ちゃんてほとんどおっぱい欲しがらずにひたすら寝る。

初日はそんなもんなんかーと不安がありつつも、疲れてたからゆっくり休憩出来た。

でも二日目からは不安しかない。
おっぱいも上手く飲めないから絞ったのをあげたり、でもほ乳瓶でも飲めないから無理に口に入れたり。
すぐに疲れてすぐに寝てしまうから体重も減る一方。

もし、このまま死んでしまったらどうしよう、とも思った。
それが怖くて寝れなかった。

3日目から無理にでも飲ませるように言われた。上手く吸うまで何度も何度も吸わせて飲ませて…
なんとか飲んでほしい、それだけ。
ようやく飲めるようになった。

4日目、黄疸が出てきてるから退院出来るか分からない。
耳の検査も右耳の反応がない、と言われた。

まさしく一難去ってまた一難とはこーゆー事を、言うんです。

せめて、一緒に退院したい、、、


必死で母乳あげた。

次の日検査でどうにか黄疸大丈夫そう、と。


産院では見事に誰も何も言わなかった。めり葵がダウン症かもってことを。私も怖くて聞けなかった。
気のせいか、いや、気のせいじゃない、やたら可愛いって言われたなーとか考えてた。


なんとか一緒に退院することが出来た。


この入院中で旦那とよく話したし、命の大切さ、健康に産まれてくることがどれほど幸せなことか、が分かった。
めり葵はそれを伝えに来てくれたのかもしれないね。

何度も泣くけどその度目の前の小さな命に謝り、自分が情けないと反省する。
旦那や、親の前では見せられなかった涙。めり葵に対する唯一誠意。








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*軽い陣痛は3日前頃から少しある。
*おしるしが、破水!?ってかんじで起こる。と、すぐに陣痛が始まる。
*病院に電話し、6時頃病院に向かう。
*着くと子宮口7センチぐらいで、とりあえず待機。
*朝ご飯を7時半頃食べてトイレに行き戻ってからスクワット10回すると、もう本陣痛。いきみたーい!

分娩台へー

台に乗って陣痛きてとりあえずいきむけど破水せず、次の陣痛で破水させてもらうとつるつるーと出てくる出てくるー

おぎゃー!

誕生心心心




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