今日はどんな風に生きた
それはコンピュータでも
過ごせるような1日だったのか
それとも人間としての1日だったのか

どんなことをこの目は捉え
焦点をしぼった?
どんな色が1番濃く見えた?
自分にしか見えないそれを見たのか、見なかったのか
どっちでもいい、優越はない

どう生きた
そして明日はどう生きる
どう生きてみたい

その世界を想像して
ドアを開けて一歩踏み出す
そして今までの世界とその新しい世界の境にある今踏み越えた扉のドアを閉めてしまえ
そのドアをお腹のポケットにしまう

イマジネーションが全てを作り出す

「理屈が通らないよ、根拠は?」

そんなもの本当に正しいことなんか今までありますか。そういう世界ってまだあったんだ

根拠のないことばかりでこの世界はできている。ちゃんとみたら気づくはずだ
それは闇の方じゃなくて、光の方

ネバーエンディングストーリーで
子供たちがイマジネーション(想像)をしなくなったから「無」が押し寄せてきた
そうなってしまうことを一種の大人になるっていうんじゃないかな

いろんな大人のなり方はあるけど
音響さんがいじる複数のつまみのように
これは大人スイッチ強め、
でもそれは子供のままがいいなって
できる大人であれ そういう母であれ父であれ
そういう自分であれ
大人は子供で子供は大人
優越はない

自分の正しいと思っていることを疑う
怖いものを見つめてみる
分からないことに触れてみる
そしたらこの世はそんなに怖くはないのではないか

こわくしているのはそのイマジネーション

だったら真逆を想像したらあなたが見る世界は...そうだよね 

幸せでしかない
幸せでしかない
幸せでしかない

おやすみ
今日もいい一日を生きた
ありがとう

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