こんばんは、沿線民です。私の愛車の1つであった北大阪急行の8005F。2017年12月末をもって廃車となり、先月中旬には廃車陸送が行われました。
 2016年6月に最後の検査を受けてから廃車に至るまでの期間はおおよそ1年半。短期間ながらその中には北急の歴史に残るような大きな2つの記念日があり、8005Fも誇らしげにヘッドマークを掲げて走っていました。

 そこで今回は、2016年6月〜2017年12月までの『奇跡の1年半』を振り返っていこうと思います。

淀川を渡って来る8005F 西中島南方駅にて



〈復帰〜8000形デビュー30周年キャンペーン〉
 2016年3月8日。北急の代名詞とも言える8000形「POLESTAR」の第一編成である8001Fが引退しました。ちょうどその頃、8005fは桃山台車庫内にある工場に検査入場中。「更新工事を受けているのではないか。もう未更新の姿は見られない…」と思っていました。

 そんな中、同年6月に出場試運転を実施。そこにあったのは、検査前と変わらぬ黄色い前照灯・GTO素子のインバータ音…未更新の8000形でした。
 そして試運転の数日後の6月13日、夕方出庫の運番87から「最後の未更新車」として運用に復帰しました。

運用復帰初日の8005F 梅田駅にて


 運用復帰のおおよそ半月後、8000形がデビューして30周年を迎えるにあたり、営業運転に就いている3編成に記念ヘッドマークや車内広告の掲出・吊り革の装飾が行われました。(8005F・8006F・8007Fに実施。8003Fは検査入場中の為除外されました。)

30周年ヘッドマークを掲出する8005F 新大阪駅にて


 なお車内広告と吊り革は編成毎に背景色が違い、8005Fは赤色でした。
30周年記念の装飾がなされた吊り革 梅田駅にて


 今では撮れないこんなアングルでも撮影していました。

千里中央を発車する8005F。今はホームドアが設置されています。 千里中央駅にて


 このヘッドマークや広告は、12月辺りまで掲出されていました。



〈後継車9004Fの運用開始〉
 ヘッドマーク等が解除されてしばらくは普通に運用に就いていた8005Fでしたが、2017年4月28日。のちに後継車となる9004Fがデビュー。

9004Fと今は亡き1114Fとの並び 新大阪駅にて

 前回の検査から1年を待たずして引退してしまうのか…と思いきや、その後しばらくは普通に運用に就いていました。

後継車が登場するも運用に就く 中津〜西中島南方駅にて


 しかし8月上旬、8005Fは休車となってしまいます。一報を聞いてすぐに車庫へ向かうと、そこには8005Fのみならず、1年以上検査入場していた8003Fの姿も見受けられました。

休車となった8005F(左)と検査明け間近の8003F 桃山台車庫にて


 来るときが来てしまったか…と思いましたがおよそ1ヶ月後の9月初め、8005Fは再び走り始めました。

再び走り始めた8005F 新大阪駅にて



〈そして最後の走りへと…〉
 それと同じ頃、北大阪急行が12月11日に創立50周年を迎えるにあたり、記念ヘッドマークの掲出・記念撮影会を実施することが発表されました。
 そして10月1日の撮影会当日。1番最初にヘッドマーク掲出されたのはこの8005Fでした。その日の夕方から、8005Fは北急の記念日をPRするべく走り始めました。

ヘッドマークを掲げて走る8005F 西中島南方・新大阪駅にて


〈いよいよ来る時が…〉
 12月16日の深夜、桃山台駅下り線のホームドア設置に伴う輸送車にも抜擢された8005Fでしたが、12月19日を最後に運用を離脱。12月23日深夜、桃山台駅上り線のホームドア設置の日に車庫へ行くと、既に休車となっていた上にテールライトが取り外されていました。そうして年が明けた2018年1月に廃車陸送が行われることに。本当の別れが来てしまいました。ちなみにWikipediaによると12月30日に廃車扱いとなった模様です。

もう走ることの無くなってしまった8005F



〈線路を離れて最後の旅へと…〉
 2018年1月17日深夜から数日かけて、8005Fの廃車陸送が行われました。ここでは初日の様子を少しだけご覧いただきます。

まずは先頭車。桃山台駅の方へと向かっていきます。

駅前での点検を終え解体工場へ…

最後に見た駅。彼は何を思ったでしょう。。


 このあと数日間かけて、1日2両ずつがアチハ運送さんにより解体工場へ廃車陸送されました。



〈おわりに〉
 1986年のデビュー以来、北急の顔として走ってきた8000形。更新工事を受けて走り続けているものがいる反面、後継車9000形のデビューによって引退した8000形はこれで4本目となりました。
 諸行無常の世の中。鉄道車両も同じく、いつかは終わる時が来てしまいます。その中でも、8005Fは恵まれていた車両ではないかなと思います。最後の1年半の間に、8000形の30周年・北急創立50周年といった2つの大イベントに関わることができたのですから。
 そして、創立50周年のヘッドマークを最初に掲げたうえに、廃車陸送される時にも掲げられていたのを見ると…北急の社員の方々にも愛されていた車両だったのかなと思います。
 もうあの黄色い前照灯も、独特のインバータ音も聞くことができないのかと思うと寂しい限りですが、8005Fに‘走る’という座を譲られた9004Fをはじめとする北大阪急行の車両達を、これからも追い続けることができれば良いなと思います。

 この記事を読んで、8005Fの奇跡とも言える1年半の出来事の数々に興味をお持ちいただけた方がいらっしゃったならば、それ以上の幸せはありません。

 これで、今回の記事は終わりとします。最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。
 そして8005F、28年半ありがとう。お疲れ様でした。


Midosuji-line@沿線民