退院して子供たちを迎えに行って…
もう二度と同じ間違いしないと決めていた。
娘は、保護されてる間、夏休みの宿題を終わらせていて、そのせいか夏休み明けには普通に登校できて、良かったと思っていた。
娘が登校渋りをするのは、字が汚いと指摘されて綺麗に書こうと躍起になって宿題のノートやプリントが破れた時…娘は完璧主義なので、宿題をやってないと学校に行けないと思っていたのだろうか?
夏休みの宿題をやっていた娘は、夏休み前の登校渋りが嘘のように学校に通えるようになった。臨海学校があって、その行事にも楽しんで参加した。
グループ決めの時、同じグループになった子達と仲良くなって、臨海学校も本当に楽しんで帰ってきた。良かったと思っていた反面、少し困ったことも起きていた。
家では、バイ菌が気になるようだった。特に姉が学校から帰って部屋の中を歩いた跡を気にしていた。部屋の中を歩く時はティッシュを置いてその上を歩いた。やはり、姉の方だけ先に家に帰れたことで思うところがあったようだ。別々に引き取りになったのは家庭相談センターの指示あってのことで、私も本当は同時に引き取りたかった。
おそらくそれが原因だと思うが、外からの菌に敏感になった。
スクールカウンセラーに相談も定期的に続いてた。家庭相談センターの担当と心理士とも定期的に面会していて、娘が菌を気にすると相談したら、担当さんが何気に「ファ〇リーズすれば?」と言った。心理士が慌てて制止したけど、遅かった。
帰りにファ〇リーズ買ってと言われ、買って帰った。その日からファ〇リーズの嵐だった。自分が歩く所は全てファ〇して歩く、夜寝る時は布団がビシャビシャになるほどファ〇して、濡れた布団に寝ていた、そうしなければ落ち着かなかった。ファ〇する頻度も量も日に日に増えて、1日に2本くらい無くなり、毎日のように買いだめに走った。なんとか止めさせたかったが、無理矢理辞めさせる訳にもいかない。
私が入院中に同じ病棟の患者で看護師という人に、小児精神科に特化した小児科があることを聞いていたので、予約して行くことにした。そこでは、プレイセラピーをやっていて、セラピーは予約時間通りに受けられるが、とにかく診察の待ち時間が異常に長い。
それでも、セラピーを楽しみに通っていた。
ある時、診察で、「お母さんは娘さんの友達の名前を言えるか?」と聞かれ、臨海学校以来いつも仲良くしてる友達の名前を4、5人挙げた。そうしたら、「だからダメなんだよ!」と言われ、なんで?と思ったが、あまりに意外な言葉だったので、どこがダメでどこをどう直したらいいのか?聞きそびれたし、医師も言う気はないようだった。母親が自分で気付かないとダメということなのかと思った。でも、自分では考えても考えても答えが出なかった。
小児科に通い始めた時、一応都立病院の小児精神科にも紹介してもらい、診察を受けた。でも、何も異常はない、病気ではないという診断しか出なかった。
頼りに出来るのはスクールカウンセラーとプレイセラピーしかなかった。
二学期も終わりに近づき冬休みが目の前だった、ある日、スクールカウンセラーから退職する旨を聞かされた。
おめでたい話だが、お子さんができて、スクールカウンセラーというのは、産休とかなくて一旦退職しなければならないらしい。娘に話すタイミングを二人で考えた結果、スクールカウンセラー自ら娘に話すということで決まった。でも、なかなか話すタイミングがなかったのか、ギリギリになり、娘は心の準備も出来ないまま、1番信頼していたスクールカウンセラーとお別れしなければならなかった。
もっと早く話してほしかったけどスクールカウンセラーにも考えがあってのこと、最後の日に初めて聞かされた娘は落胆する程ショックを受けていた。
12月終わりの小児科の受診日、その日は特に待ち時間が長く、娘もイライラしてた。
やっと診察を終えて帰る時、あまりに遅くなったのでお腹が空いたとファストフード店に入った時、異変が始まった。そういえばいつからかファ〇も減り、電車も平気になっていたのに、ファストフード店のテーブルに腕がつくのを気にし始めた。
ファ〇しなくなったのも菌を気にしなくなったのもひとえにスクールカウンセラーのお陰様だった。そのカウンセラーが突然退職したショックからまた菌を気にするようになったらしい。
電車の座席に座るのも吊革掴むのも嫌がるようになり、小児科に通えなくなった。
娘にとって、スクールカウンセラーは唯一自分の味方で信頼できる人だったのだ。母親の私以上に。。。
もう二度と同じ間違いしないと決めていた。
娘は、保護されてる間、夏休みの宿題を終わらせていて、そのせいか夏休み明けには普通に登校できて、良かったと思っていた。
娘が登校渋りをするのは、字が汚いと指摘されて綺麗に書こうと躍起になって宿題のノートやプリントが破れた時…娘は完璧主義なので、宿題をやってないと学校に行けないと思っていたのだろうか?
夏休みの宿題をやっていた娘は、夏休み前の登校渋りが嘘のように学校に通えるようになった。臨海学校があって、その行事にも楽しんで参加した。
グループ決めの時、同じグループになった子達と仲良くなって、臨海学校も本当に楽しんで帰ってきた。良かったと思っていた反面、少し困ったことも起きていた。
家では、バイ菌が気になるようだった。特に姉が学校から帰って部屋の中を歩いた跡を気にしていた。部屋の中を歩く時はティッシュを置いてその上を歩いた。やはり、姉の方だけ先に家に帰れたことで思うところがあったようだ。別々に引き取りになったのは家庭相談センターの指示あってのことで、私も本当は同時に引き取りたかった。
おそらくそれが原因だと思うが、外からの菌に敏感になった。
スクールカウンセラーに相談も定期的に続いてた。家庭相談センターの担当と心理士とも定期的に面会していて、娘が菌を気にすると相談したら、担当さんが何気に「ファ〇リーズすれば?」と言った。心理士が慌てて制止したけど、遅かった。
帰りにファ〇リーズ買ってと言われ、買って帰った。その日からファ〇リーズの嵐だった。自分が歩く所は全てファ〇して歩く、夜寝る時は布団がビシャビシャになるほどファ〇して、濡れた布団に寝ていた、そうしなければ落ち着かなかった。ファ〇する頻度も量も日に日に増えて、1日に2本くらい無くなり、毎日のように買いだめに走った。なんとか止めさせたかったが、無理矢理辞めさせる訳にもいかない。
私が入院中に同じ病棟の患者で看護師という人に、小児精神科に特化した小児科があることを聞いていたので、予約して行くことにした。そこでは、プレイセラピーをやっていて、セラピーは予約時間通りに受けられるが、とにかく診察の待ち時間が異常に長い。
それでも、セラピーを楽しみに通っていた。
ある時、診察で、「お母さんは娘さんの友達の名前を言えるか?」と聞かれ、臨海学校以来いつも仲良くしてる友達の名前を4、5人挙げた。そうしたら、「だからダメなんだよ!」と言われ、なんで?と思ったが、あまりに意外な言葉だったので、どこがダメでどこをどう直したらいいのか?聞きそびれたし、医師も言う気はないようだった。母親が自分で気付かないとダメということなのかと思った。でも、自分では考えても考えても答えが出なかった。
小児科に通い始めた時、一応都立病院の小児精神科にも紹介してもらい、診察を受けた。でも、何も異常はない、病気ではないという診断しか出なかった。
頼りに出来るのはスクールカウンセラーとプレイセラピーしかなかった。
二学期も終わりに近づき冬休みが目の前だった、ある日、スクールカウンセラーから退職する旨を聞かされた。
おめでたい話だが、お子さんができて、スクールカウンセラーというのは、産休とかなくて一旦退職しなければならないらしい。娘に話すタイミングを二人で考えた結果、スクールカウンセラー自ら娘に話すということで決まった。でも、なかなか話すタイミングがなかったのか、ギリギリになり、娘は心の準備も出来ないまま、1番信頼していたスクールカウンセラーとお別れしなければならなかった。
もっと早く話してほしかったけどスクールカウンセラーにも考えがあってのこと、最後の日に初めて聞かされた娘は落胆する程ショックを受けていた。
12月終わりの小児科の受診日、その日は特に待ち時間が長く、娘もイライラしてた。
やっと診察を終えて帰る時、あまりに遅くなったのでお腹が空いたとファストフード店に入った時、異変が始まった。そういえばいつからかファ〇も減り、電車も平気になっていたのに、ファストフード店のテーブルに腕がつくのを気にし始めた。
ファ〇しなくなったのも菌を気にしなくなったのもひとえにスクールカウンセラーのお陰様だった。そのカウンセラーが突然退職したショックからまた菌を気にするようになったらしい。
電車の座席に座るのも吊革掴むのも嫌がるようになり、小児科に通えなくなった。
娘にとって、スクールカウンセラーは唯一自分の味方で信頼できる人だったのだ。母親の私以上に。。。