なぜ私はあの時パリ行を決めたのか?
わからない。本当にわからない。場所の選択は、わかる。ある程度。12で初めて家族一緒にパリに行く前から、すでに母の影響で、文学だったり映画だったり、という形で「フランス、パリ」は私の中に入り込んできていた。私と一緒に大きくなってきたパリ。行くのを決める少し前あたりから、フランス人と仕事をしていたりしてきた人からの話を聞く機会が増えたこと、自分を取り巻く環境がかなり変化したことは、私の中のパリをさらに大きくした。
だから、場所の選択はわかる。
だが、一週間前、翌年頭の計画を語っていた自分の口が、その一週間後にはパリに一年行ってきます、といったのだから、周りもびっくりしたが、本人はもっとびっくりした。
「日本に来たフランス人俳優とワークショップをしたいので、語学を習いに行ってきます。」私の口はそういった。確かにそういったのだ。さらにびっくりだ。意味が不明だ。口が勝手にそんなことをいうものだから、私はまず、学生ビザを取らなければならなくなった。学生ビザを取るには、学校を決めなくてはいけない。住むところを決めなくてはいけない。駆け足、開始!!学生ビザの申請は、前年変わったばかり。フランス語もよくわからないのに、モチベーションレターをパソコンで入れねばならぬ。こともあろうにパソコンで!行きだしていた日仏学院の留学センターの方には本当にお世話になった。お世話になったが、入力するのは私だ。おまけにサイトはしょっちゅう不具合。(これに関しては、私だけではない。たくさん書き込みがあった)なんとか最後までたどり着くと、消える。入れるのは何時間がかり、消えるのは一秒未満。入れる、消える、入れる、消える。嘘でもなんでもなく十回以上繰り返した。最後はもう、「これでフランス語が上達するのだ。するのだ!!」と呪文のように唱え続けた。そして、やっとこ成功。しかし、もちろん、これで終わりではない。続く続く、荊の道が・・・(続きは次回)