私の持っている全てのパソコンが不調を極める中、フランスであのことが起こった。日本に戻って以来どうやって繋がっていようかとラジオを聞いたり、向こうにいる知り合いのfb情報に頼ったりの日々だった。コトバを失った。文字通り”コトバ”を失った。知人が京都でのmanifestationの情報をくれたのだけれど、私はその日、どうしても参加できなかった。すぐあとのラジオ番組では、小学生に、この後どういう教育を行っていくべきか、ということを巡っての討論が繰り返され、けれど、今日となってみれば、全ては決して、対岸の火、などでないことは明白で、日本の特殊性をもはや、特殊性のまま放置しておくことは出来ない、トイウコトも明白なはずだ・・・・。


奇しくも「区別」ということと、「差別」ということについて考えをめぐらせていた年末年始であったがゆえ、書きたかったことが、PCの不調でかけなかった今、何をどのように書けばいいのか、ひたすら混乱を極めている。

そうして、おもえば、混乱をきたすたびに私は「哲学」に助けを求めてきた。けれど手を伸ばした「哲学」は、いつも難しい顔をして、「お前の理解できるところではない」と、私の伸ばした手をあっさり払ってくれるのだった・・・。だから、今日の今日まで、私は哲学の「てへん」にさえ、手をかけられない状態でいた。だが、そう、今日借りることの出来た内田樹訳レヴィナス。あとがき、から読むという暴挙に出たのだけれど、コレを手にしたことが救い(私にとっての)であることを確実に保障してくれる「訳者あとがき」であった。


行きつ戻りつするけれど、わたしが、あの事件の起こる前に、九州の大自然の中を歩きながら考えていたことは、「区別」と「差別」のことだった。私は、昔、三人いると、区別、すなわち一対二、のようなことが起こるのだと考えていた。しかし、歩いているうちに、それは二人で当然のように生じることであり、いや、一人であっても、「自分」と「外界」という物を意識した瞬間に区別は生じるのだ、とおそらくもう既に多くの人は知っている、感じているようなことを認識したのだった。もっと言えば、外界、がなくとも、自分、とその自分を俯瞰する自分を感じた瞬間に「区別」は生じる。「区別」は線引きであり、「差別」、は引いた線の向こう側を受け入れない、拒否する、トイウコトなのではないだろうか。

あまりまとまらないまま書いてしまったが、パソコンが動いていてくれる間に、少しでも滑り落ちていく思考を書き留めておきたかった。


俳優としての久しぶりの本番もすぐそこだ。そのことについても書きたいけれど、今はここで。