上京する日、新幹線のホームには、沢山の友達が集まってくれた。

もちろん、彼女にも連絡していた。

早くから、わいわいと話し、感傷的にもなり、やっぱり新しい門出に笑った。

もうすぐ出発の時間だった。

その時、後ろの方に彼女を見つけた。

ゆっくりと近づいたが、まだ微妙な距離を残したまま立ち止まった。

言葉が出なかった。

笑いかける事もできなかった。

先に顔を伏せたのは僕だった。

何かを問う事も、何かを宣言する事も、今更、思い出を振り返る事もない。

彼女に視線を戻すと、僕と同じ顔をしていた。

彼女は何か言おうと顔を上げ、そのまま気まずそうに目を伏せて、背を向けた。

別れの言葉はなかった。

ただ、最後に会っただけだ。

きっと彼女の事だから、最後に言おうとした事だって、ロクな事じゃないんだ。

だけど、新幹線に乗ってから、彼女の事ばかりを考えた。

最後になる?

そう思うと、胸が焼け焦げるようだった。

死んでしまう事と、ずっとずっと遠くに行ってしまう事はどう違うの?と彼女は言った。

それがイコールになった時、僕達は他人になれるのだろうし、別々の人生を歩んでいると思う。

彼女の事が好きな僕は、新幹線には乗せていけない。

忘れる事とは違うのに、矛盾した思考が心を重くした。

小さな彼女の背中を、どうして僕は抱きしめなかったんだろう。














買い物に行こうと言った彼女は、まだ完全に治っていない足をひょこひょこしながら、僕の手につかまっていた。

あれがいい!これにしよ!やっぱり向こうのお店!

そんな調子で、引きずり回される。

買ってよ!ってねだられた洋服は2枚。

どちらもピンクやオレンジのニットだった。

たいした額じゃない。

それでも、なんだか一生懸命嫌な女になろうとする彼女は、僕を好きじゃないと思った。

自分が弱ってるから、都合よく優しくされたいだけなんだ。

僕なら言う事を聞いてくれるから、こうして引きずり回すんだ。

だけど、傷ついた体で、僕を突き放そうとするのはなんで?

僕なら彼女のそばに、ずっといて、ずっと支えていたいのに。

「いっちゃん、ありがとう。もういいよ。」

彼女は去り際に言った。

用済み、という事なんだろう。

それからしばらく彼女から連絡が途絶えた。

彼氏か好きな人とうまくやってんだろな、またそんな嫉妬が湧き上がるけど、もう別れているという事実の前では冷静でいられた。

僕は、彼女に語った自分の夢を叶えるために、淡々とすべき事をこなす日々。

まだ上手に笑える自信はないけれど、例えば夢を叶える事が彼女への最大の感謝になればいいなんて、カッコつけた考えもあった。

彼女には、僕は必要ないだろう。

なら、いつか彼女が僕を思い出した時、誇らしく思える存在になっていたい。

ああ、一緒にいてよかったなぁって、この人でよかったなぁって、そんな存在に。














彼女は僕に彼氏の話をしなかった。

彼女なりの気遣いなのか、知られたくないだけなのかはわからない。

退院してしばらく、僕は彼女の家に招かれた。

もう、恋人ではないけれど、初めての彼女の実家に遊びに行くというのは、かなり緊張したが、彼女はベッドに寝転んで、まるで、2人だけのあの部屋がここにあるように、とても別れたなんて嘘みたいに、僕に手招きをした。

「痛い?」

少し傷になっている彼女の足。

「痛い。」

「えっ、ごめん。」

僕はベッドに座りかけて、腰を浮かせた。

「嘘。いっちゃん。」

彼女は半身を起こして、僕の肩を抱いた。

ぎゅーって強く、何かを確かめるみたいに。

抱き返していいのかわからず、僕はそっと彼女の手を握っていた。

「いっちゃん、私、死んでたらここにいないんだよね。」

「そうだよ。」

「もう、いっちゃんの声を聞く事もなくて、顔も見れなくて、抱きしめる事だってできなかったんだよね。」

「そうだよ。」

「でもそれって、いっちゃんがずっとずっと遠くに行っちゃって、会えなくなる事と、どう違うの。」

「違うよ。絶対に違うし、会えなくなる事なんてない。」

彼女は、ずっと僕を抱きしめながら、震えていた。

「いっちゃん、ごめんね。」

「どーして謝るの。」

「いっちゃんの事、大切にできてないから。」

どうして?僕は、彼女と抱きあって、ただ、抱きあって、生温い温度を分け合うだけで、幸せなのに。













彼女は病院のベッドの上で笑っていた。

よくわからない管が彼女の体から伸び、手足には包帯やギブスが巻かれていた。

僕は胸が締め付けられて言葉が出ず、見舞いの花を彼女に渡した。

「ありがとう。いっちゃん、来てくれたんだね。」

「当たり前だろ。ここがブラジルでも、会いに来たさ。」

なぜどうして、とは聞けなかったけど、彼女は言った。

「奇跡的に死ななかったって言われた時、私の奇跡って、こんなしょーもないとこで消化されたんだって。」

ねぇ?なんて笑いかけられても、死にたかった彼女の心情もわからないし、そうならずに残念がる気持ちもわからない。

僕は、病院の名前と病室がメールに入ってきてから、生きてる彼女を確かめたくて仕方なかった。

どうして僕は彼女を守るだけの力を持っていないんだろう。

どうして彼女をこの世界に繋ぎとめられる存在になれないんだろう。

病室には、豪華な花と、箱入りのフルーツと、高そうなお菓子が並んでいて、きっと何人かの男がここに来て彼女を励ましたのだろうと思うには十分だった。

「退院したら、遊ぼう。行きたいとこに連れてくし、欲しいもの、考えといて。」

「いいの。ここに、いっちゃんがいるから。」

僕が強く握った彼女の手が、ぎこちなく握り返された。

彼女は少し笑うと、面会時間が終わるまで、僕の手を握っていた。

僕は彼女が退院するまで、時間があれば会いに行った。

いつも通りの花を渡し、いつも通りなんでもない話をして、ずっと手を握っていた。














彼女がいなくなった。

まわりは次の恋へ進めと言うけれど、できるはずがない。

彼女には好きな人がいて、今頃うまくいってんのかと思うと、それを邪魔したくはなくて、あまり連絡もしなくなった。

そもそも、彼女の恋路を邪魔できるくらいの、何かに自分はなれないという卑屈な考えもあった。

彼女の幸せを願うなんて、かっこつけたけど、本当はどこにも行くな、なんてセリフを言ってみたかった。

それで彼女を僕にとどめておけるなら。

きっと言ったところで、殴られて無視されるだけだっただろう。

彼女にとってのかっこいい男でいたかったけど、そう振る舞えているか、いつもわからない。

自分はこうしたい、こう言いたい、そう思うけど、どうも女々しい気がしてできない。

彼女の接する大人の男達に負けないように、僕は背伸びしていたかった。

それが、自分の為なのか、彼女の為なのか、どちらかはわからない。

10年後に思い返して、後悔がなきゃそれでいいと思う。

僕は彼女から「初めて」を沢山もらった。

きっと「最後」も、もらった。

僕の恋は彼女の話で始まり、彼女で終わる。

何人と巡り会い、何人と恋をしても。僕の恋は彼女で始まり、彼女で終わる。

もう一生恋をしない、とは言わない。

したとしても、彼女の存在を僕の中からは消せやしないって事だ。

彼女の中の僕が、消えたとしても。